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「やっぱり柘植くんは優しいね」
「……は?」
想像もしていなかった言葉に驚く。むしろ意味がよく分からない。
「タオル、使って。柘植くんの血が付いても汚いなんて思わないから」
今度は少し強引に、大輔の顔に押し付けられた。大輔は言われるまま、傷を押さえていた手でタオルを持って、傷口に当てた。
「絆創膏か何か買って来るから、そこのイスに座って待ってて」
そしてまた言われるまま、大輔はホームのイスに腰を下ろした。
……優しい? 俺が? どこが。何でそうなる。そもそも今回のことは大輔が原因だし、最初に庇ってくれたのが凉太だ。
訳が分からないと思った。そんなこと初めて言われたと思った。そして、他の誰でもない凉太に優しいと思ってもらえたことが、じわじわと喜びに変わっていった。
「お待たせ」
「……いや、悪いな」
「俺の方こそ、ごめんね。こんなことしかできないけど」
凉太がタオルに触れた。タオルを持っていた大輔の手にも少し触れたので、素早い動きで大輔は手を離した。手当てをしようとしてくれている。自身の血で汚れた手を眺めながら、大人しくする。
「……前にも、俺のせいで柘植くんにケガさせたことがあったんだ。その時は、お礼も手当てもできなかった」
「は? ……記憶にねえけど」
「うん、そうだと思う。1年くらい前のことだし。俺のことなんて、柘植くんは見向きもしなかったから」
「俺なんかした?」
「助けてくれた。……おかしな人に絡まれて困ってたら、柘植くんが来てくれたんだ。でも、本当におかしな人だったから逆上したのか柘植くんがその人に大きな石で頭を殴られて……」
「あ」
覚えがある。変なおっさんにセクハラ紛いのことをされていた高校生がいたから止めに入ったら、いきなり石で頭カチ割られてブチ切れたことがあった。
その時はたまたま通りかかった灰司の助けもあって事なきを得たんだった。という出来事自体は思い出せたが……その時の高校生の顔はどう頑張っても思い出せそうにない。
「……えっと、なんか背伸びた?」
「あ、うん! 15センチくらい」
「へえ、すげーな」
それは気付かなくても仕方ないだろう……と、大輔は内心思った。顔を全く覚えていないという事実は記憶の隅のさらに奥にしまい込んでおく。
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