09




 凉太は電車に乗り込むと、当然のことのように大輔が座っている座席の隣に腰を下ろした。そして、いつも通りの挨拶を交わして、いつも通りの沈黙が訪れる。
 それが大輔は嬉しくて、嬉し過ぎて、つい緩んでしまう顔を隠すために凉太から視線を逸らした。


「うーわ、柘植じゃん。ヤッバ」


 もうすぐ発車するというところで、そんな声と共に女子高生が3人乗り込んできた。名指しされた大輔は当然、そして凉太もそちらを見る。見れば先日、校門で頬を叩かれた……いや、面倒だったので叩かせてやったと言った方が正確なのだが……とにかく、一悶着あった女子生徒だった。
 大輔を見て露骨に嫌そうな顔をしているくせに、わざわざ大輔たちのすぐ前に立つ3人。大輔にしてみれば、幸せなひとときをぶち壊されたような最悪の気分である。


「てかさー、あたし柘植にヤリ捨てられたって話したじゃん?」

「あー、聞いたー。つかまじ最低じゃん」

「最悪。まじキモ。どうせ大したテクもないんじゃないのー?」


 何を言われても構わないが、凉太の前でだけは勘弁して欲しい。吉原の生徒ってだけで良い印象なんて持たれてないはずだ。だけどそれでも、凉太は避けることもせず、むしろ歩み寄ってくれている。良い印象はなくても、悪い印象は与えたくなかった。いや、そんな考えがそもそも甘いのだ。良い行いなどしていないのだから。


「……公共の場で、そんな大きな声で、恥ずかしくない? 女性として、はしたないって思わないのかな?」

「ハァ!?」

「大勢の人の前で、柘植くんを貶めているつもりでいるの? どちらかというと、君たち自身の品位の方を疑うよ。交際もしていない男に身体を許して、それをこんなところで声高々に話しているんだし」

「何なのまじムカつくんだけど! つーかあんたには関係ないし!」

「他人の批判だけ一生懸命で、自分のことは顧みないんだね」

「まじウッザ! おぼっちゃまの童貞のくせに偉そうなこと言ってんじゃねーよ!」


 凉太が女子高生たちに意見したことに驚いて、呆気にとられていた大輔だったが、明確な凉太に対する罵倒にハッとする。黙らせてやろうと口を開きかけたが、それより先にまた凉太が声を発した。


「おぼっちゃまの童貞のくせに、か……低レベルな台詞だね」

「こっの……ッ!」


 女子生徒が通学バッグを振り上げて、凉太の頭をめがけて振り下ろした。
 大輔は即座に凉太を庇った。凉太の頭を引き寄せて、バッグと凉太との間に自身の身体を滑り込ませた。あまり物が入っていなかったのか、衝撃は大したことはなかったが、バッグに付いているキーホルダーか何かのせいで、眉の辺りに切れたような痛みが走った。


「柘植くん! 血が……っ」


 慌てる凉太の頭を軽く押さえて、黙らせた。反対の手で痛む部分に触れると想像以上の出血のせいで離せなくなった。いつ止まるか分からないので、座席などを汚さないようにとりあえず一旦電車を降りようと立ち上がる。
 仕返しでもされると思ったのか、女子生徒たちが大袈裟に後ずさった。それを横目に見て、大輔はため息をついた。


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