06
8分後。彼が席を立つ素ぶりを見せる。せっかく隣に座ってくれたというのに、何も話せなかった。
駅にもうすぐ着くことを知らせるアナウンスが流れて、彼がついに腰を上げた。大輔は視線を落とした。
「……あの」
声のした方を見る。
少し赤い顔をした彼が大輔を見つめていた。
「あの、いつもこの時間の電車ですか……?」
「え、いや。……あ、まあ、そうかな」
「俺……、藤井凉太っていいます。えっと、高2です。で、あの……」
「柘植。柘植大輔。俺も2年」
「……柘植くん」
凉太がふわっと微笑んで、大輔の名前を呼ぶ。それだけのことが、大輔には夢のような出来事だった。
「柘植くん。じゃあ、また明日」
目を見開く。驚きを隠せない。
「柘植くん?」
「ああ、いや。……また明日、な」
「うん」
最後はお互い笑顔だった。大輔を知る人間がこれを見ていたら、目を擦って、頬をつねったかもしれない。それくらい仏頂面が板に付いている大輔が、微笑んだのだ。大輔自身も驚いていた。
しかしそれ以上に、凉太と話せたことや、翌日に会えることを期待しているような挨拶を交わせたことが、嬉しくて仕方がなかった。
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