03
その男子生徒との距離は2メートル弱だろうか。気付かれていないのをいいことに、大輔はその男子生徒をジロジロと見ていた。荒くなった息を整えながら、両手いっぱいに荷物を持って立っているのが気になった。周りを見渡すと、混んでいる訳ではないが座席は全て埋まっている。
大輔の鞄がある隣の席以外は。
「おい」
声を発してから口の中が渇いたようになっていることに気付いて、自身が緊張しているのだと分かった。
男子生徒は呼ばれたのが自身だとは思っていないようだったが、声がした方を見たという様子だ。そうすると、声を発したであろう人物と目が合い、初めて自身に声を掛けられたのだと気付いたようだ。
「……俺ですか?」
大輔は何と無く『俺』という一人称が引っ掛かった。勝手なイメージではあるが『僕』と言いそうだと感じていた。
「お前。ここ座れ」
座席に置いていた鞄を退かしながらそう言った。
「あ。……ありがとうございます」
ふわっと微笑んだ顔に見蕩れた。そんな風に誰かに笑顔を向けられたことなど記憶にない。その上、とても綺麗だった。動揺する大輔を他所に、男子生徒は隣に腰を下ろした。
大輔は無意識に身体を動かした。隣の男子生徒から離れるように座席の隅の方へずらし、大きく開いていた足も少し閉じた。
それ以上の会話はなかった。当たり前だ。隣に座るように促し、お礼を言って座った。さらに何かを言う必要はない。
松瑛の最寄駅から2駅。隣に座る彼が腰を上げた。大輔がそちらを見ると、またふわっと微笑んで、少しだけ頭を下げて電車を降りて行った。
時間にするとたった8分。しかし、その8分間が大輔にとってはとても長かった。隣に座る彼の存在が気になって仕方がなかったのだ。
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