「総悟くん総悟くん。私です。開けてくだせェ」



か細い指で窓を3回ノックする音が静かに聞こえた。自室の襖を開き周りに誰もいない事を確認して再び襖を閉める。そしてあいつがいるであろう窓を開ければ、思った通り、あいつがいた

「なんでィその喋り方は。俺の真似ですかィ」
「ふふ。お邪魔します。」

履いてたミュールを脱ぎ、優しげな笑みで俺の部屋へ入るのは、名無し。

「はー。周りに気つかってここまで来たら疲れちゃった」
「ご苦労でさァ」
「でもこんなの朝飯前だけどね」

いやもう夕飯も終わったけど。なんて野暮な事は言わない。俺達が周りを警戒して会うのには理由がある。それは名無しが鬼兵隊だからだ。局中法度にもあるように「敵と内通せし者これを罰する」。真選組が鬼兵隊と繋がっているなんてバレたら切腹所じゃ済まされない。おお、怖。

「煙草吸っていい?」
「ドーゾ」
「ありがとう」

窓を閉めて俺の元へ駆け寄る名無し。名無しが歩く度にレースのワンピースがふわふわ揺れて眩しい。パンツ見えねぇかな、あ、見えた、純白の白が見えた。見たいときに見えてしまうこの服装は何て卑猥なんだ

「…つーか今日は着物じゃないんだねィ」
「オフだったし総悟くんに会うんだからおしゃれしたくて」
「そうそう一応聞いときやす。今日は鬼兵隊の名無しとして来たんですかィ?それとも俺にぞっこんな名無しとして来たんですかィ?」
「いじわる言わないの。後者に決まってるでしょ」

名無しの笑顔は掴み所がない。掴めそうで掴めない。いつだってふわふわしていやがる。
とても人斬りには見えないくらい

「それにしてもその荷物は何でさァ」
「買い物行って来たの。江戸には相変わらず素敵な物が溢れてるなぁ」
「勝負下着でも買ったのか」
「そう、純情さを狙っていちご柄よ?総悟くん」
「鬼兵隊が何てモン買ってんだ」
「いくら人を斬っていたっていちご柄には抗えないじゃない」
「…。なぁ、名無し。あんた鬼兵隊なんか辞めて俺専属の女中にでもならねーか。そんでもってそれなりに平穏な暮らしをしたらいんでねーの?ま、時々俺にパンツ見られるかもしれねぇがそれもまたラブコメみたいで新鮮だろ、女ってそういうベタなの好きだから丁度いいじゃねぇか。
つーかなりやがれ」
「嫌ですー。てかなんで命令形なの」
「名無しが好きだからだ」
「へへ、ありがとう」
「なら、」
「でも高杉さんを裏切るなんてできないよ」
「俺と会ってる時点でもう裏切ってるだろーが」
「そうだけど、…、どっちも大切なの、どっちも大好きなの」
「すげー矛盾。女は欲張りな生き物で困りまさァ」


俺と名無しは恋人と呼ぶには遠すぎて。かと言って友達と呼ぶには近すぎて。高杉が江戸に来ていたり名無しが江戸に用事がある時にだけ時々こうやって会ったりする。とてもスリリングな逢い引きだ。ドキドキするだろ

「俺と会ってる事は高杉にバレてねぇのか」
「一応それなりに用心はしてるから大丈夫だと思うけど」
「そうか」
「でも、どうだろう。あの人は勘が鋭いからね、もしかしたらもうバレているのかもしれない」

いけないことをしているからその内殺されるかもね。くすっと笑った顔には「いけないこと」をしているなんて微塵にも感じない

「総悟くんも、」

「鬼の副長とやらにバレたらやばいんじゃない?」

名無しを見れば今度こそ心配しているかのような表情で。
俺が敵と恋に落ちてるという間違いに気付き、もう会わないと切り出されるのを怖れているような表情で。言葉を紡ぐ。馬っ鹿でィ、そんな事はとっくに気付いてらァ。会わないと切り出されるのを怖れているのは名無しより俺の方なのに
自分の事より俺の心配か。お前は俺が困るくらいに甘えたらいいんでィ。俺に遠慮して甘えないのなんざバレバレだ。俺の事ばかり考える名無し。時折お前は本当に俺の敵なのかと疑いたくなるのだ

「大丈夫でさァ。土方にバレたら口封じに即座に斬って俺が副長になりやす。告発者もいなくなって副長の座も奪えて一石二鳥。
お釣りが出るくらいでさァ」
「ばかね、今より立場が上になったらもっと会いづらいじゃない」
「それこそ上手くやっていくんでィ」

なんせお釣りが出るくらいだからな、なんて言ってやれば再びくすっと笑う。煙草に火をつけながらありがとう、なんて言う名無しは穏やかな笑顔に相まってミステイクだ。

「…煙草」
「ん?」
「おいしいですかィ?」
「総悟くんも吸う?」

俺が煙草に興味を持ったと思ったのか煙草の箱を差し向けられる。が、俺はどっかのニコチンマヨラーと違って煙草は吸わない主義なんでさァ。でもせっかくだから断るのも癪だ、こっちで勘弁しなせェ名無し

「…お言葉に甘えていただきやす」
「んっ!」

煙を吸ってまだ吐き出してはいない名無しの口を奪う。決して優しくはしない、荒々しく舌を絡めて一思いに口内を犯してみればやっぱり煙草の味しかしない。煙草の灰が畳に落ちそうになるのが目に入って、ようやく唇を離してやった

「ごちそーさん」
「いや、私が言ったのはそういうことじゃなくて、」
「知ってまさァ。知っててやりやした。不服だったかィ?」
「………いいえ」
「分かればよろしい。、それと」
「?」
「煙草は体に悪いから禁煙しなせェ」
「やだよ」
「将来可愛い子供が生めなくなってもいいんですかィ」
「誰との子供?まさか総悟くんとの子供?」
「もちろんでさァ」
「ふふ、総悟くんとの子供だったら総悟くんに似て腹黒な子が生まれそうだね」
「そして思いっきり顔がいいガキが生まれやす」
「それ、自分で言っちゃう?」

名無しは笑いながら吸ったばかりの煙草を灰皿に潰して一呼吸して口を開く

「…でも」
「生めるといいな、総悟くんとの子供」
「今は無理だけど…」

「いつかそんな日が来るといいね」

「そう願ってる」


未来の事は語らない。語りたくない。もしかしたら明日は真選組の俺、と鬼兵隊の名無し、が斬り合ってどっちかが死ぬかもしれない。いやどっちも死ぬかもしれない。いくら愛に濡れても俺達は敵同士なのだ。それだけは変わらない、動かない。どれほどの希望を持ったってその願いは叶うはずもない、ただそこにあるのは絶望。お互い将来一緒になれるという未来を持ち合わせてはいない。それを分かっていて言葉を交わすのは虚しすぎる。狂ってる。危険だと分かっていて俺の所へ来る名無しが
敵同士なのに俺を好きな名無しが、本当に滑稽で狂ってる
しかし狂ってる名無しを受け止める俺も大概に狂っているのだ




(バレたらひとたまりもないこの関係に)
(誰かモザイクをかけてくれ)





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