降りしきる雨に携帯が壊れた
ちゃんと防水性に優れた携帯電話にしておけばよかった
機種変更したから今までのメモリーが全部消えた
だから凜ちゃんに連絡できないのもそれのせいにした
でも凜ちゃんからの連絡もないから携帯が壊れた事なんて結局関係なくて
今日も携帯を気にする
もしかしたら連絡がくるかもしれないから常に電源を入れておいて
しかし期待に反して連絡は来なかった
あんなもので繋がっていたなんて、思いたくもなかったのに


09


喧嘩してから何日が経過したんだろうか。結構経った気もすればそこまで経っていない気もする。記憶は曖昧。ただ、あの時の凜ちゃんの寂しそうな顔だけは鮮明に覚えている。
そんな調子だから私情を挟みたくない仕事にだって当然支障が出るわけで

「…はぁ、…」

ため息が止まらない。
俺はどうすればいいんだ
もう少し頭冷やしていたいしだからと言ってこのまま連絡を待っているだけというわけにもいかないし。
…行こう。ちゃんと、謝りに。
悪いのは凜ちゃんを信用していなかった俺なんだ。
善は急げ。
足は凜ちゃんの職場へと向かっていた







「…げっ。出た」
「…どうも」

俺が視界に入れば店主は相変わらず嫌そうな顔をする。いつもなら慣れているから気にならないがこの間の事があるから気まずい。

「何、また葬儀用の花買いに来たわけ」
「いや違います」
「配達に凜ちゃん指名したいんだろうけど、残念ながら凜ちゃんなら休んでるよ」
「え、」
「…いや正式に言えば休ませた。体調悪そうだったからね」
「……」
「この間の。見ただろ?」
「俺がいたの知ってたんでしょう」
「それについては悪かった。俺に抱きしめられたのアンタに見られたーって言ってすごいどやされたよ。オマケに喧嘩しちゃったんだってね」
「…」
「俺、さ。アンタと凜ちゃんが一緒なの見る度別れればいいのにって思ってたよ」
「…。知ってました。露骨でしたもんね」
「あんな奴より俺の方がかっこいいのにって何度思ったか」
「ちょ、」
「あの子は鈍感だからいくらアタックしたって気付きもしないんだ。だからこの間は強行手段、取ったけれど」
「全然ダメ。凜ちゃんの頭は山崎さんの事で沢山だって事に今さら気付いたよ」

店主は饒舌に話した後はぁ、とため息をついた
そして俺には向けられた事のないくらいの穏やかな顔で言う。

「ずっと綺麗な物には綺麗な物しか釣り合わないと思っていた」
「でも綺麗な花にはそれを支える土も雑草も必要だ」
「…店主さん」
「行ってやれよ、凜ちゃんの家。きっとあの子アンタに会いたくて仕方ないんだと思う。」

「俺には、何も出来ないよ」

寂しそうにそう言えば俺は気付いてしまう。
…そうか、この人も、凜ちゃんが好きだったんだ
凜ちゃんの中身を見た上で惹かれて、俺と相思相愛の仲になったのがおもしろくなくて、そしてあの子は優しいから拒否らないのを知って強引に抱きしめたんだ
もしかしたら同情からでも側にいてくれるかもしれない、と期待して


「行ってきます。…その前に1つお願いがあります」
「お願い?」

「そこにあるピンク色のガーベラを下さい」





凜ちゃんが一人暮らししてる事は知っていたけどデートの帰りに送るくらいで、家の中には一度たりとも入った事はなかった。

行ってしまえば一線をこえそうな気がして

だから凜ちゃんに心の準備が出来るまで行かないつもりだった

いつかお互いに、そろそろ一緒になってもいいね、と思える日が来た時に行こうと思ってたから

まさかこんな形で訪れる事になるなんて思わなかったんだ


「…」

玄関の前に来て、インターホンを鳴らすのにためらいが出てしまった。
正直足がすくみそうで立っているのがやっとだ。


やっぱり来ない方がよかったんじゃないか、とか
もしかしたらもう凜ちゃんには俺は必要ないんじゃないか、とか

色々な事を考えたら目の前がクラクラした。
けれど覚悟を決めて今この場にいるんだ。
今さら逃げ出すなんて事、絶対にしたくない

思いきってインターホンを鳴らす。
ドアの向こう側にいるであろう凜ちゃんはどんな反応をするだろうか
それを考えただけでドキドキして仕方ない

やがて静かにドアが開けばその顔を覗かせる。

「凜、ちゃん…」
「…!」
「久し、振り…」

久々に見た凜ちゃんは元気がなくていつもの笑顔だってなかったし、何より痩せ細った体に胸が締め付けられた

「…」

凜ちゃんは俯いたまま喋らない。目を真っ赤にさせていたのを見ると相当泣いていたのだろう。
罪悪感しか感じない


「俺…謝りたくて」
「…」
「何も分かってなかったんだ。本当にごめん、…傷付けて…ごめん」

頭を深く下げる。凜ちゃんの表情は伺えない。
少しの間があり顔を上げて、と言われ顔を上げてみれば今にも泣き出しそうな、顔


「私こそごめんなさい…、心配かけたくなくて強がってたの。怖くない、なんて嘘だった。退くんに嫌われたくなかったから何もなかったようにしたかったの。…ずるいよね」

自嘲する様に目を伏せれば瞬きする度にこぼれ落ちる透明な雫。

「私ね恋愛でこんなに参ったの初めてで。仕事も手につかなくて困っちゃった。大好きなお客さんも花もチョコレートも…手を伸ばせば触れられるのにずっと心に穴が空いたままなの」

「…やっぱり退くんじゃないとだめみたい」

その瞬間俺は凜ちゃんを抱きしめていた。
久し振りに触れる彼女はやっぱり細くなっていて切なくなった。
強く抱きしめれば消え入りそうだ。
それでも、背中に回す腕の力は決して緩めない。

「ごめん」
「、」
「こんな俺を許してほしい」
「退く、ん、」

ぐっ、と俺の背中に回された腕は温かくて

まるで俺を許してくれたみたいだった

「…凜ちゃん」

腕を離して向かい合う様に体勢を変えガラスに触れるみたいに、優しく頬に手を添えその瞳を見つめて唇を塞ぐ。
驚いたのか目を見開いてたけどしばらくしてゆっくりと目を閉じた。
この体温が、愛しくてたまらない。久々に触れる温かさは何一つ変わってはいなかった

唇を離してほんの少し距離を空けてみたら恥ずかしさからの気まずさ。ぎこちなく目を合わせば凜ちゃんは口を開く

「…ありがとう」
「え?」
「ちゃんと来てくれて。…本当に、ありがとう」

凜ちゃんは涙を含んだ目で笑っていた。その数秒後俺の手元のそれに気づいたのか不思議そうに見つめた

「…あれ、これうちのガーベラ?」
「そう」
「…ふふ…初めてお店に来たときもガーベラ買ってたね。懐かしい」
「うん、俺ガーベラ好きなんだ」


初めてあの店を通った時、ガーベラを手に取る凜ちゃんに目を奪われた

可憐で、綺麗で、儚くて

その時からもう恋に落ちていたのかもしれない


「…ううん、違う、俺が好きなのはガーベラじゃなくて…

ガーベラみたいな凜ちゃん」


凜ちゃんははっと俺を見る

俺達って外見の印象からして似てないし意見の食い違いでたまにくだらない事で意味のない喧嘩するしでも最終的には歩み寄る様に同じ事を思って仲直りして
似てないくせしてどこかが似てるだろう

照れ屋な所も、本音は言えてるつもりでも、本心の一番強い思いが中々上手く伝えられない所も。

凜ちゃんが芯の強い思いを俺に抱いてくれていたみたいに

俺にもそんな思いがあるよ。


言いたくて、でも、言えなくて。照れくさくて言えなかった言葉。ずっとずっと言いたかった言葉。



「山崎退は凜ちゃんをとても愛してます」




君に捧ぐ、
君の様なガーベラと、
僕の強い思い




街角では澄みきった空とか可愛らしい小物とか整った人間とか
どれも一度は触れてみたくなるような物ばかりが溢れていて時々目移りもするけれど

それでも僕ら目に見える物に惹かれたんじゃない

目に見えない物に惹かれ合ったんだ






20100825

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