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white of the tricolour




白と赤と、時々、青と。
そんな世界にずかずか入ってきては、かき混ぜるのは一人だけ。


四角い窓をいくつもやり過ごし、自室というにはあまりにも薬品くさい診療所に戻る。ランチのオムライスは卵が良い感じに半熟で、デミグラスソースがよく絡んで美味しかった。デザートのパンナコッタも程よい甘さで好みだ。
それにしても本部に勤めているのに、なぜヒナの方がマリンフォードの店に詳しいのだろうか。とりとめなく思考を巡らしながら、ドアを開けた。
開けた瞬間、マリアの整った眉が崩れた。

「もぅ…」

後ろ手でドアを閉める。
ため息を一つ。そして額に手を当てて、彼女は診療所のベッドを横目で見た。

「よう」
「確か午後は会議」
「…終わった」
「その割には、時計はまだ始まる前」
「何で知ってんだ?」

ぷはぁと白煙が天井を漂った。
マリアは机のカルテを一瞥し、寝転がるスモーカーの口から葉巻を奪った。

「ヒナとランチしたの」
「お喋りな女だ」

紙コップに水を注ぎ、葉巻を二本とも沈める。残り香を消すためにマリアは消臭スプレーを大量にまいた。そんな彼女の迷いない一連の動作をスモーカーは眺めていた。

「異動の件は?」
「もちろん聞いた」

口寂しく、手持ちぶさたのスモーカーにマリアは背を向けた。午後の診療時間までに準備しなければならないことは多くある。

「ローグタウンって東の海ね。最弱な海で満足できるの?」
「さァ」
「左遷?」
「かもしれねェ」

カチャカチャと道具を並べ、ガーゼを補充し、包帯の数を確認していく。スモーカーの気の抜けた返答に少し物足りなさを感じつつも、マリアの手は休まず、背中の博愛の文字を翻すこともなかった。

「会議、出ないの?」
「今更、何を」
「変わらないのね」

道具の確認を終え、今度は回診の患者のカルテに手を伸ばした。

「どうする?」
「何が?」
「診断書は必要?」
「お前も変わらねェな」

くつくつと珍しくスモーカーが笑うので、マリアは振り返った。彼は体を起こしていた。葉巻の香りが染み付いたシーツも枕も変えなければならない。マリアは肩をすくめ返した。

「…あ、私。時間まででいいからシーツと枕の代えをお願い」

スモーカーを見つめたまま内線で看護婦へ伝えるマリア。彼が挑発的に葉巻を取り出すので、彼女は必然的に彼に歩み寄る。
伸ばした腕が掴まれるのを知っていた。

「マリア」
「時間、無いの」

掴まれて、引き寄せられて、口付けされる。
腰を下ろすスモーカーより、ベッドに片膝を乗せるマリアの方が見下ろす体勢だった。抵抗はしないが、気が進まない彼女の髪ごと頭を引き寄せ、彼は何度か軽く唇を合わせてきた。
次は深く熱を貪られると覚悟するが、鼻先が触れたまま彼は止まった。

「なァ、マリア」
「ん?」

葉巻の苦い匂いがした。

「来いよ」
「どこに?」
「しらばっくれやがって」
「私、苦いのより甘いのが好きなの」

マリアはスモーカーの唇をぺろりと舐めた。彼は少し驚いたように目を見開いた。

「会議くらい出なさいよ」
「面倒だ」

するりとスモーカーの手が彼女の腰から臀部を撫でていった。もう終わりよとマリアは長めに唇を押し付けて、ベッドを降りた。
乱れた髪を整える。

「何度も言うけど、会議、出たら?」

髪にスモーカーの匂いがついてしまった。

「退屈だ」
「そうでもないかもよ?」
「あ?」

マリアは控えめに含み笑いをもらした。怪訝なスモーカーを他所に白衣の襟を正す。するとドアがノックされた。

「マリア先生、シーツと枕、持ってきました」
「ありがとう。今開けるわ」

応えながスモーカーのジャケットを引っ張った。

「ほら、会議が終わるくらいにコーヒーでも用意しておくから」
「なんだ、いつもより優しいじゃねェか」
「嫌でも来たくなるのよ、スモーカーは」
「は?」

片手でドアを開け、片手で彼を廊下に追いやる。廊下にいた看護婦が驚いていた。構わずにマリアはスモーカーをぐいぐい押しやった。

「おい、マリア」
「病人と怪我人以外は立ち入り禁止。あ、シーツありがとう」
「おいっ!」

マリアがシーツと枕を抱える看護婦を室内に招き入れると、迫るスモーカーの目の前で扉がぴしゃりと閉まった。だんっと容赦なく叩かれた扉。マリアは背を預けて、わざと声を大きく言った。

「引き継ぎの先生、そろそろ来るかしら?」
「えっ…ええ。今日の夕方には」
「そう。ありがとう」

白い部屋に窓の外は空か海。日々、赤い血が指先を染める。

「おい、マリア、引き継ぎって何だ?」
「だから会議に出なさいって、スモーカー」

白と赤と、青。
そして、彼は白。
苦い苦い白煙に、会議が終わったら僅かな甘さを期待しよう。



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羊ヶ丘のクロさんより、サイト二周年の記念に頂きました!ちょっと(?)若いスモーカーさんが格好良くて、きゅんきゅんしました。クロさん本当にありがとうございました。



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