main | ナノ





ひんやりと冷たい空気が誰も居ないこの空間に根を下ろす。少し前まであんなに幸せで溢れていたと言うのに、その名残はすでに跡形も無く消えてしまっていた。冬は昼間でも肌寒く、私は肩にかけていたストールをもう一度しっかりかけ直す。



「まだここに居たのか?」



ガチャリ、扉の開く音が酷くよく響いた。


「あなたこそ居たの、ニール?」
「ルシアを探してたんだよ」


急に居なくなるからな、と苦笑すると私の隣に腰掛ける。私はニールに見向きもせずに、目の前のステンドグラスを眺め続けていた。細く差し込む光が、いっそう美しくそれを輝かせている。


「…素敵だったわね」
「そうだな」


降り注ぐライスシャワーの雨。祝福と笑顔で満たされたあの空間に、私は目を閉じて思いを馳せた。


「王留美も本当に急だよな」
「別に良いじゃない、私は見ていて楽しかったけど?」
「そりゃ、まあ俺もだけど…」


結婚、それは女性なら誰もが一度は憧れるもの。もちろん私だって例外ではなく、幼い頃は将来の夢はお嫁さんとよく言ったものである。当たり前だけど今はそんな事はない。



「あー、私も結婚したい」



純潔を表す白のウェディングドレスに、色とりどりの花を集めた小さなブーケ。美しい旋律を奏でる賛美歌に包まれた教会で、たくさんの人に祝福されて神の前で生涯変わらぬ愛を誓うのだ。でも実際にはそれは難しいという事も知っている。

(私はソレスタルビーイング…)

罪悪に塗れた花嫁など、どうして神の前に立てようか。


「よし、ルシア。やるぞ」
「…………はい?」


何を、と聞く暇も無くニールに手を取られて立たされた。そして祭壇まで連れて行かれる。大理石の床を歩く二つの足音が堂内に反響した。


「ちょっとニール…!」
「結婚式はもう終わったんだぜ?神さまも今日はきっと帰ったさ」


だからここには俺達しか居ないわけだと、ニールは口端を上げる。


「…神父さまも居ないじゃない」
「俺だけじゃ不満か?」
「別に、嫌いじゃないわね」


後ろで見届けてくれる人が誰も居ないのは寂しいけれど。これなら刹那たちも連れてくれば良かったと呟けば、あいつらは興味ないだろとニールは苦笑した。言われてみれば確かにその通りかもしれない。


「…ニール・ディランディ。あなたはその健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも富めるときも貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「もちろん誓います。ルシア・ヒューストン、あなたはその健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも富めるときも貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くし生涯ともにあることを誓いますか?」
「何か余計なの増えてない?」
「そうか?気のせいだろ」


ほら、と言葉を促される。じっとこちらを見つめるニールの瞳は真剣そのもので、何だか恥ずかしくなってきた。思わずきゅっとドレスのスカートを握ると、それを包み込むように手を重ねられる。


「…誓いま、す?」
「そこで何で疑問形なんだよ」
「どうせ遊びじゃない」
「そうか?俺は本気だけど」
「え、ニール。それって…っ!」


そっと頬に触れる、温かい手。




「では、誓いのキスを」




吸い込まれるようなジェイドグリーンの瞳に射止められ、目が離せないまま唇が重なった。それは一瞬の事だったけれど、私には永遠のように感じる。呆気にとられる私に、ニールは小さく笑った。


「悪いが指輪は用意してないぞ」
「そ…そういう事じゃなくて!恋人でもない女性にキスなんて」


あ、マズい。本気で涙が出てきちゃった。でもまさか本当にニールにキスされるだなんて思わなくて。


「おいおい、泣くなってルシア」
「だって…だって…!」
「言ったろ?俺は本気だって」
「だからどういう意味よ!」
「口で言わなきゃ分からないか?」








「愛してる、ルシア」








「………へ?」
「もう一回、聞きたい?」


耳元で囁くように言われ、慌てて首を横に振る。あんなに出ていた涙だって、びっくりしてすっかり引っ込んでしまった。言葉の意味を理解した途端に、顔中に熱が集まる。


「ズルいよ、ニールはさ…」
「何とでも言えよ。ほら、返事」
「…っ、やっぱりズルいわよ」


君の明日を僕にください
(永遠なんて、おこがましい言葉は)


「でもいきなり愛してるなんて、少し急ぎ過ぎじゃない?」
「俺なりの愛情表現だよルシア」
「もう…びっくりしたのよ」


互いに額をくっつけ笑い合い、どちらともなく唇を重ねる。そこにはもう涙なんて存在しなかった。



――――――
大好きなジェーヌさんへ!

ジェーヌさんのサイト一周年記念に僭越ながら書かせて頂きました。ニールでリクエスト頂いたのですがこんなに遅くなってしまいました!お待たせして本当にすみません。こんなので良かったら、受け取って下さい(*´∇`*)

本当におめでとうございます!

(title:たとえば僕が)

戻る
- ナノ -