ドレイク少佐×
※≠ドレーク元少将





完成した書類に印を押してもらうため、それらの束を抱えてジョナサン司令官の執務室まで来た。


「失礼します司令官。ドレイク少佐であります」


一応ノックしてドアノブを捻り部屋に入る。案の定ジョナサン司令官は居なかった。ナバロンに来てからしばらく経っているが、この少し厄介な上官の行動パターンはだいたい分かるようになってきている。おおかた趣味の釣りにでも出掛けたに違いない。


「…あら、ドレイク少佐」
「これはマリア殿」
「いつもご苦労さまです少佐」


仕方なく司令官が帰って来るまで待っていようと思っていたら、背後の扉が開いてスーツに身を包んだ女性が現れた。こちらに向かって微笑む彼女はマリア。ジョナサン司令官の秘書を務めている。


「ジョナサン司令官にご用が?」
「書類を提出しに来た」
「司令官は現在外出中です」


恐らく内海に釣りかと、と聞かされやはりと溜め息を吐いた。


「忙しいのでしたら私の方でお預かりしますが、司令官がお戻りになるまでお待ちになられますか?」
「あぁ、いや。ここで待とう…」
「ではそちらのソファーにどうぞ」


そう言ってマリアは隣の部屋にお茶を煎れに消える。別にそこまでしなくても良かったのだが、それが彼女の仕事なのだから仕方ない。俺は書類の束をテーブルに置いて大人しくソファーに腰掛けた。少し経つと漂うコーヒーの良い香りが鼻孔をくすぐる。


「どうぞ少佐。今朝入ったばかりのジャヤコーヒーです」
「すまない、ありがとう」
「お味はいかがかしら少佐?」
「悪くは無いな」
「それなら良かったわ」


コトリとテーブルにお茶請けのクッキーが入った皿が置かれた。恐らくは数週間置きにナバロンに寄港する運搬船で、様々な物資と共に運ばれてきたのだろう。ここではなかなか手に入らない物だ。



「…そう言えばマリア」



立ち上る挽きたての豆の香りを堪能し、半分ほど中身が減ったカップを置いて向き直る。


「今は勤務中ですよドレイク少佐」
「…こうやって話すためにコーヒーとクッキーを出したんだろう」
「ふふ、確かにそれもそうね…」


二人きりの空間でコーヒーとお菓子が出てきたら、それは俺とマリアのプライベートの合図。マリアはバレッタで纏めていた髪を下ろしてスカートから覗く足を組んだ。


「それで、何の話かしらドレイク」
「また新兵に告白されたのか」
「あら、随分と耳が早いわね。あなたにしてはまた珍しいじゃない」
「…茶化すな」
「それは失礼したわ」


ベビーピンクのリップが綺麗に引かれた唇が緩く弧を描く。


「何も告白された事を怒っているんじゃない、ただそれでお前は何て答えたマリア?」
「あなたみたいな子、好きよ?」
「何でそうわざわざ誤解するような事を言ったりするんだ。俺達は仮にも婚約してるんだぞ?そんな事ばかりしてナバロン内の規律が乱れてみろ。仲人を買って出てくれたジョナサン司令官やジェシカさんに申し訳が立たんだろうが…」


もはやナバロンでは知らない者など居ないくらい、おしどり夫婦という言葉が似合っているジョナサン司令官とジェシカ料理長。時々見せる彼らのやり取りはここの海兵達にとって、実に微笑ましいものだ。そして俺達の上司とも言うべき人が、仮にも仲人なんて大役を自ら引き受けてくれたのである。

(これ以上迷惑をかける訳には…)

妙な噂で海兵達が浮つく前に、自分でどうにかするしかない。



「………私は?」



ぽつり。聞き取れるか聞き取れないかの小さな呟きが耳に届いた。いつの間にか俯いているマリアに目を向ける。


「マリア?」
「ドレイクって、婚約してからそればかり。いつもいつもナバロンの海兵としてどうたらこうたら…。私の事なんて見て無いじゃない」
「そ、そんな事は…」
「"無い"って、言い切れるの?」


思わず言葉に詰まってしまった。マリアの言っている事に、心当たりはある。婚約してすぐに少佐に昇進した俺は海軍将校として、またナバロンの海兵として浮足立たないよう己を律する事に努めた。


「仕事は自分の部屋にまで持ち込むし、巡回の回数も増えた。それまでのドレイクはどんなに仕事が忙しくても、時間を見付けて私に会いに来てくれたじゃない」


ただそれは何も自分だけでなくマリアのためでもあって。この先結婚して彼女と家庭を持った時、何があっても彼女を養っていけるように。だからマリアと会う時間を削ってでも仕事に励んだ。なのに俺のしていた事は彼女をこんなになるほど苦しめていて。


「これなら婚約なんかしなかったら良かった…」
「…っ、マリア!」


そこに理由なんて無いだろう。マリアを抱き締めたのは普段理性で動く自分にしては酷く能動的な衝動だった。触れ合う頬につぅと冷たく湿ったものが走る。


「…すまなかった」
「っ!」
「マリアをこんなに苦しめているとは思わなくて。だがマリアがどうでも良い訳じゃない、今もずっとお前の事を愛している…!」
「ドレイク…!」


ふわふわのマロンブラウンの髪に口付ければ、背中に回された手がぎゅっとコートを掴んだ。


「ドレイク、ごめんなさい…」
「いや、お前を不安にさせた俺こそ悪かった。…なぁマリア、こんな時に言うのも何だがこれからも俺の傍に居てくれるか?」
「っ、もちろん…!」


グリーンの瞳が驚きで大きく見開かれる。刹那その瞳に映ったのは何よりも極上の美しい煌めきだった。


流れる美しき恋心よ


「上手くいったようだな少佐」
「し、司令官?!」
「本当に手間のかかる子達だよ」
「ジェシカさんまで…!」


どうやら本当に心配していたのは当の本人達よりも周囲の人間だったみたいです…。



―――――
ドレイク少佐の夢でしたー。
多分ワンピでもかなりのマイナー。
彼は仕事に準じてそうですよね!
(title:さよならワルツ)

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