サカズキ×
「この鬼!悪魔…っ!!」
マリア少佐、彼女は俺の部署の中で唯一の女性海兵だった。上下の区別無く人と接し、そうかと言って俺に媚びる訳でも無く。命令した事には異を唱える事もせずに忠実に実行する、ある種海軍という"組織"に相応しい人間だったように思う。そんな彼女が初めて声を荒げた。
「落ち着いて下さい少佐!」
「一体何の騒ぎだ」
「はっ、中将。それが実は…」
彼女がオハラ出身の人間だと知ったのは、全てが無へと消え去ったバスターコールの後。俺が避難船を撃った事をどうして知ったのかは知らない。ただ帰還した俺を、目に涙を一杯に浮かべ睨む。
「どうして避難船を、関係の無い一般人を殺したんですか…!」
「学者を確実に始末するためだ」
「"悪は可能性から根絶やしに"、ですか…。でもそれならわざわざ避難船を撃たずに、後で調査すれば良かったじゃないですか!」
「敵に逃げる隙を与える気か」
海軍の掲げる絶対的正義、そして俺の持つ信念。それらはこの大海賊時代という悪の蔓延る時代にあって決して曲げてはならない物だ。
「中将のような徹底した正義は、度が過ぎるとただの一方的な暴力になりかねません!罪の無い人間ですら犠牲になさるおつもりですか?!」
「少佐、もう止めて下さい…!」
今にも掴み掛かりそうなマリアを他の海兵が止める。一方で俺はマリアの言葉に、自らの信じる正義を否定されたような気がした。言いようの無い屈辱感に自然と眉間に深く皺が刻まれる。
「申し訳ありません、中将!マリア少佐は今はただ混乱しているだけですので、処罰だけはどうか!」
「…しばらく暇をやる。もう帰れ」
「サカズキ中将!」
「貴様らも早く報告書を書け!」
それから数日、マリアが海軍本部に姿を現す事は無かった。気には掛かっていたものの、バスターコールの処理に追われて構う暇など無く時ばかりが過ぎてゆく。…次に会ったのはようやくその事後処理が済んだ後だった。
「ここで何をしている」
何を思ったのか、ふらりと立ち寄ったマリンフォードの外れの岬。日は傾いて、空は茜色に染まる。
「サカズキ中将…」
「ここで何をしているんだ」
そう聞きながらも、目は座り込むマリアを這い回るように動いた。たった数日の間に、心なしか少し痩せてしまった気がする。これもオハラの事件のせいなのだろうか。そう思うと何故か胸が痛んだ。
「仕事で落ち込んだり疲れたりするとよく来るんです。まるで両親がすぐ側に居てくれてるみたいで…」
そう言ってマリアは真っ直ぐと前を見つめる。この方角の先にあるのは確か…オハラ。
「…先日は本当に申し訳ありませんでした、中将」
「何がだ」
「バスターコールの直後でお疲れのはずなのに、労るどころか罵声をあげてしまって…。佐官である身でありながら、大勢の海兵の前であるまじき事をしてしまいました。申し訳ありませんでした、処分は甘んじて受けます」
「………………」
言葉が、出なかった。てっきりバスターコールの事を詰られるとばかり思っていたら、マリアは怒るどころか俺に謝ってくる。心の底では俺が憎くて堪らないはずなのに、どうしてそんなまねが出来ると言うのだろうか。
「私は…海兵、ですから」
「っ!」
「私情で動くなんて許されません」
組織の一員である海兵が、一個人の感情で組織を乱してはならない。それは海軍という"組織"に所属する人間として当たり前の事だ。だがしかしそれならば、遣り場の無い彼女の感情はどこへぶつけたら良いのだろう。心が、ぐらりと、揺れた。
「サカズキ、中将…?」
戸惑いを隠せない声が、焦りを伴って耳に届く。
「あ、あの中将…」
「泣け」
「はい?」
「良いから泣け、命令だ!」
閉じ込めた腕の中で、ふるりと小さく体が震えた。それは俺が突然出した怒鳴り声に怯えた訳でなく、いつものように伝わりにくい俺の意図を理解したからで。
「…中将はずるいです」
「うるさい」
でもそんな中将が好きです、と呟くと背中に腕を回して泣きじゃくる。強く掴まれたコートが、皺になったとしても構わない。見上げれば茜に染まる空は、まるであの日オハラを包んだ業火の様に鮮烈な紅だった。
滑稽な喜劇みたいに
(俺が彼女に愛など囁けるものか)
「おはようございます」
「もう良いんですかマリア少佐?」
「ご心配をおかけしました」
翌日からマリアは以前のように海軍本部に出勤するようになった。昨日までの彼女が嘘のように、まるで何も無かったかのように…。
―――――
サカズキさんの夢でした。
いや、本誌に顔見せしたよ記念的な。
取り敢えず口調が分からなくて…。
*title:#69
戻る