突然倒れたアリエルに慌てて海軍本部に戻る。帰港した俺達が連れて行かれたのは併設された海軍病院ではなく、科学部隊が普段から常駐している研究棟だった。俺は案内された部屋で研究員に詰め寄る。


「ちょっと、アリエルは?」


ロビーに入るなりスタンバイしていた研究員たちに囲まれ、あっという間にアリエルは連れて行かれた。


「心配には及びません。適切な処置で現在は落ち着いています」
「…何で病院じゃ駄目なわけ?」


眼鏡を掛け白衣を着た彼女はいかにも科学者といった感じである。彼女は俺の質問に眼鏡をクイと少し上げると、クリップボードの紙に書き込みながら淡々と答えた。

(嫌な感じだ)

どうにもここの科学者たちは無機質に感じる。正直好きじゃない。



「…大将殿は、乙姫の事をどこまでご存知なんですか?」



ふと、科学者はペンを走らせる手を止めて尋ねた。


「乙姫の事?」
「はい」
「海の守護者とか…」


それは初めてアリエルに会った時におつるさんから聞いた事。海に全てを愛され、海を守る者だと。


「人並みの知識ですね」
「興味ないから」
「では、これから説明します」


着いて来て下さいと言われ、さっさと先に行く彼女の後を慌てて追いかける。途中いくつかのセキュリティエリアを通ったけど、ぱっと見ただけでは何なのか分からない物が並んでいた。一体何の研究だろう。


「まず乙姫の存在ですが、これは世界政府が成立する以前よりあった事が分かっています。それはもう、例の"空白の100年"より前から」
「っ、そんな昔から?」
「彼らは血脈と共に伝承し、絶えずその存在を現し続けてきました」


つまり何が起きようと、海がある限りアリエルのような存在は生まれてくるのか。


「…センゴク元帥はアリエルがいずれ海軍の武器になるって」


そう、確かにそう言われた。でもアリエルはいくら訓練を受けても強くはならないし、お世辞にも海軍の武器になるとは思えない。


「乙姫には悪魔の実の能力者のように、特殊な能力があらかじめ備わっています。恐らくそれかと」
「特殊な能力?」
「簡単に言えば彼らは海を自在に操る事が出来るのです。個人差はありますが、およそ18の頃を境にそれぞれ能力に目覚めてゆきます。海賊は海に居るのですからそこを考慮すればあるいは一網打尽に」


なるほど、だから世界政府や海軍はアリエルを保護したのだろう。センゴク元帥の「飼い馴らせ」という言葉をやっと理解した。つまり彼女はいずれ海軍の正義を貫き通すための刃という事になる。


「それと乙姫は能力を使えると同時に海の痛みを受ける存在です」
「どういうこと?」
「海で起きたあらゆる異常事態、つまり海の平和が崩されるとそれは痛みとなって跳ね返ります」
「じゃあさっきのも…」


何にしろ能力に目覚める前兆ですと彼女は語った。


「それにしても詳しいね」
「これらのメカニズムは、近年のドクター・ベガパンクの研究により明らかとなった物です。ここ数百年の標本が、倉庫に保管されていますから。それらを解剖・分析する事で彼らに関する知識量はかなり飛躍的に増えました」
「っ、解剖…?!」
「それが一番効率が良いです」


何て残酷な。しかし彼女はつい少し前に乙姫は血脈と共に伝承していくと、そう言ったではないか。俺はハッと息を飲み、理解する。


「アリエルの、家族?」
「正解には父親に当たります」
「男もいるのか」
「男性の場合は"海神"と呼ばれています。能力は年齢と共に徐々に減衰していくので、使い物にならなくなればすぐに廃棄されます」
「っ、廃棄って…!」
「彼は素晴らしい標本でしたよ」
「やめろ!」


バン、と。怒りのあまり壁を思いきり殴り付けた。そんな話を、目の前の科学者は何故平然とできる?その悪魔のような所業は、同じ組織の者とは思えなかった。


「何故って、大将殿は海兵であり我々は科学者です。科学者とは謎に満ちた物を実験などにより解明していくのが役目。我々は我々の仕事をしたに過ぎません」
「でも…でも、じゃあ!」


じゃあいずれアリエルの限界が訪れたとき、彼女たちは今度はアリエルの体を傷付けるのかと。彼女の言葉が正しいなら、つまりはそういう事だろう。

(俺は、そんなの…)

ぐらり。初めて海軍の掲げている正義が自分の中で揺らいだ。


愚かな正義の名の下に


「アリエル、俺は…っ」


終わりを知っていながら、何も出来ない自分が悔しい。俺は未だ眠りから覚めないアリエルの手を、祈りを込めるように強く強く握った。


(title:たとえば僕が)

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