「さっさと歩け!」


いくら大将とは言え海軍本部に閉じこもっている訳ではない。月に一度は高額賞金首の拿捕の指令が舞い込んでくる。どうやら書類仕事ばかりで、戦闘の勘を鈍らせないようにするのが目的のようだ。しかし目的に海賊のレベルが合っていないらしく仕事はすぐに終わってしまう。


「大将殿、本部より帰投命令が出ております!」
「あー、うん。分かった」


捕らえた海賊達の収容も順調に進んでおり、本部に通信を行っていた海兵が声をあげた。



「懸賞金2億3000万ベリーねぇ」



駄目だ、全然弱い。海軍本部で懸賞金の決定に当たっている奴らは、ちゃんと仕事をしてるのか?


「………ん?」


そうやって甲板を歩いていると、ふいに耳を掠める物があった。

(これは…歌?)

柔らかなソプラノ。まるで包み込まれるような旋律は耳に馴染む。甲板で片付けに当たる海兵たちも手を止めて聴き入り、俺はその歌声を頼りに足を奥へと進めた。


「アリエル?」
「…あ、クザンさん!」


たどり着いた先に居たのは、アリエル。少し大きい木箱に一人で座って足をぶらぶらさせている。


「すいません、迷惑でしたか?」
「いや、むしろ続けて」


歌うの好きなの?と聞けば、彼女は笑顔で頷く。先の戦闘では少数であるけど負傷者が出て、アリエルにはそんな海兵たちの手当をしてもらってた。恐らく全員の手当が終わったのだろう。


「歌を歌っていると心が落ち着くんです。だからたまに一人で」
「へぇ…」
「海は特に気持ちいいんですよ!」
「なら好きなだけ歌いなさいや」
「えへへ、はい!」


再び響くメロディー。聞いている者の心を洗うような声に、穏やかな気持ちになった。

(乙姫か…)

一説によると乙姫の歌声には海の浄化作用があるのだとか。海も海洋生物も乙姫に癒され、だから彼らは穏やかに平和にいられるのだと。もしかしたら俺達には知られてない特有の性質なのかもしれない。



「恋、ねぇ…」



それも悲しい別れの歌。こんなにも優しくて温かなメロディーを奏でているのに、何故だかそんな風に思ってしまう自分が居る。


マーメイドの涙の海で


「…っ、ぅあ!」
「どうしたアリエル?!」


不意に歌が止んだ。代わりに聞こえたのは痛みを訴える呻き。ぐらりと揺れ落ちるアリエルの体を慌てて支える。何だ、これは、何なんだ。


(title:影)

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