甲板の中央に降り立つ。アリエルまでは距離にして10メートルほど、この程度ならば一瞬で詰められない事もないが――。


「まったく、嫌な感じだねぇ」


問題は彼女のすぐ傍に居る海賊だ。これでもグランドラインをここまで生き残って来た奴ら、懸賞金リストにも載っている。余計な事をすればアリエルに危害を加えないとも限らない。チッと小さく舌打ちをする。


「クザンさん…」


何より厄介なのは「俺自身」だ。抑えようもない怒りと焦燥が、冷静な思考を塗り潰す。


「海軍大将…チッ、本当に役立たずな奴だぜポラリスの野郎も」
「その子、返してくれない?海賊に渡すワケにはいかないんだけど」


おおかたヒューマンオークションで売り飛ばすのが目的だろうが、万が一世界貴族に目を付けられたら取り戻すのは難しい。つまりアリエルを取り返すなら今しかないのだ。そうでなくとも今は面倒な事が多いと言うのに…。


「恨むならあの馬鹿を恨みな。アイツが自分から渡したんだぜ?海兵のくせに、海賊によ」


これが革命軍ならまだ、俺はきっと見過ごせた。奴らは世界政府に弓を引く敵だがアリエルは利用しない。彼女がそれを望まないから。


「あぁ、本当に馬鹿だよ」


自分1人で抱え込まず、俺に相談してくれたら。仮にも彼の上司なのに。


「まぁ何だ?部下の不始末は上司の責任、って言うしさ」
「悪いが応えはノーだ」


交渉決裂。敵の数はざっと50人と言ったところか…いや、数の問題じゃない。この程度の海賊にてこずるほど大将の名前は決して軽くない。


「クザンさん!」


つぅと滴が頬を伝う。その首元には大きなナイフが押しあてられていた。けれどアリエルが泣いているのはそれが理由じゃない。彼女が厭うのは終わりでなく。


「大丈夫だから心配しなさんな」


とにかく、アリエルを連れて帰る。今はただそれだけだった。


レディ・ゴー


「あ…っ」


駄目だって。こんな事いけないって分かっているのに…クザンさんの言葉に喜んでしまう自分が確かに居た。

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