お見舞い、なんて言葉が正しいのかどうか分からないけれど、病院の一階にある売店で花束を買ってアリエルの病室へと向かう。明後日までは色々検査があって退院出来ないらしい。


「喜ぶかなぁ…」


花の事なんてさっぱり分からないから適当に見繕ってもらったけど、ピンクやオレンジ等の明るい色でまとめられたそれは彼女によく似合いそうだ。彼女の笑顔が浮かぶ。アリエルには少しでも笑っていてほしい。


「忘れるなクザン。あれは乙姫、わしらとは異なる存在…。お前とは生きる意味もその世界も違うちょる」


たまに頭を過るサカズキの言葉を振り払いながら、アリエルの病室へと廊下を歩く。何が正しいのかなんて、俺自身が決めることなのだ。俺はこうする事が正しいと思うから彼女に会いに行く。これが間違いだなどと。


「アリエル」


一応ノックをして、声を掛ける。彼女は女の子だしそれなりに気を使うのは当たり前だ。中からはあの綺麗なソプラノ声で返事がして。


「……?」


けれど、いつまで経ってもアリエルからの返事は無い。聞こえなかったのかともう一度声を掛けてみるが、やはり同じだった。寝ている事も考えたがそれにしては…気配が無い。扉に触れる指先からピリと嫌な空気を感じた。


「クザンさん」
「…っ、アリエル!」


背筋を嫌な汗が伝って、脳内に響く警鐘を掻き消すように扉を開く。きっとそこには彼女が、アリエルが居るんだと信じて。



「…アリエル?」



扉を引いた瞬間、するりと柔らかな風が頬を撫でた。無機質な白い病室、その奥で同じ色をしたカーテンがふわふわと風に舞い踊っている。例えるならばそれは、砂浜へ寄せては返す波のような穏やかさだった。


「………」


香るのは海の匂い。けれどそこに居るはずの彼女の姿は無かった。


「………」


ナースステーションで、検査は終わったと聞いてる。アリエルが部屋へ戻った所を見た人間だって居た。けれど彼女が部屋を出ていくのを見た人間は居ない。奥のベッドへ足を向ける。


「アリエル…」


白いシーツは皺ひとつ無く、ここに居た形跡は無い。と言うよりベッドで寝ていた痕跡が無かった。


「………っ」


どこだ、アリエルはどこに居る。どこへ彼女は消えたのだ。今すぐ探しに行きたいのに、体は凍ったように動かない。ただ視線だけが当てもなく真っ白な空間をさ迷う。


「アリエル…アリエル…っ!」


手にしていた花束が、カサリと音をたて落ちる。白い床に鮮やかな色をした花びらがぱらと散らばった。それを踏み散らしてなお部屋中を探し回る。


「クザンさん」


アリエルの痕跡を求めて、狭く何もない病室をただひとり彷徨い続けた。けれどその、名残すら。


「……アリエル」





「クザンたい、しょ…」




不意に声が、聞こえる。無音の空間に響いたそれに意識が跳ね上がる。振り返れば病室の入り口に這いつくばる男が1人。まるでこの場所に不釣り合いなほどの「紅」を纏っていた。


「少佐…?」
「大将、お…れ…」


チャリと足元で小さく音が鳴る。青の煌めきがただ揺れていた。


ロング・ロングエンド


さようなら、さようなら。それは別たれる2人の歌なのです。おとぎ話の人魚姫と王子様のように結ばれることのない。ハッピーエンドは程遠い、悲しい恋の歌でした。


(title:カカリア)

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