「…よろしかったのですか?」


アレの姿が完全に見えなくなったのを確認し、自室へ戻るために踵を返す。甲板では停泊の準備に勤しむ海兵たちで溢れていた。その光景を横目に自身の副官が何かを躊躇うように口を開く。


「どこかの馬鹿と違って、ワシは仕事を溜めちょらんからのォ。それに今回の事は大将の内誰か一人出ればそれで済む事じゃァ」


もしもの事があった時、せめて大将が居れば何とか対処出来るのだ。ボルサリーノは指令、クザンの奴が仕事を溜め込んでいるとなれば自分が行くしか無いだろう。だが副官はそうではないと声をあげた。


「自分が申し上げたいのは、その…大将青雉の事です」
「クザン?」
「今回の事は書類のみでの報告で許可が下りていませんし、彼女を管理しているのは大将青雉です」
「勘違いするな。アレの管理はあくまで大将の管轄じゃァ」


そう、確かにアレを引き取ったのはクザンだが管理責任は自分やボルサリーノにもある。



「はい。今回は大将赤犬にご協力頂き、研究員一同感謝しています」



少なくとも今回の件について、大将として目の前の研究員の申し出をわざわざ断るような理由は見当たらないのだ。…クザンと違って。


それは弱さに似ていた


肌に触れる冷たい感覚が、ここが私のあるべき場所なのだと教えてくれるようだった。ゆっくりと目蓋を持ち上げれば、地上とは異なる世界が広がる。そこは生命の揺り篭。


「…ただいま」


サカズキさんに連れられて来たのは海だった。急に何だろうと思えば好きにしていいと言われ、訳は分からなかったが私は久し振りの海に飛び込む。海なんて政府に保護されてからは入った事が無かった。


「あはは、擽ったいってば!」


近くを泳いでいた魚たちが、私の周りに集まってくる。


「綺麗な海…」


ゴールド・ロジャーが処刑されてから数年、てっきり海はそこら中に蔓延る海賊たちに荒らされているとばかり思っていた。だけど久し振りに見た海は澄みきった青のまま。


「私なら大丈夫だよ」


揺れるコーラルピンクの珊瑚に手を伸ばし笑う。ここは本当に居心地が良い。いつか私も彼らのように魂は海へと還るの。

(ここは独りぼっちじゃない)

そっと唄を紡げば、世界は優しく煌めいて私の頬を撫でる。



「アリエルも消えちゃうの?」



不意にクザンさんの言葉が、脳裏を過ぎった。咄嗟に歌うのを止めてしまう。どうして、そう考えてこの唄があの時クザンさんのために歌おうとした物なのだと思い出した。


「…うん、ごめんね。私は本当に大丈夫だから心配しないで」


傍に居て擦り寄ってくるイルカに頬を寄せる。子供だろうか。とにかく彼らは優しいから笑ってみせた。心配させたくない。



「ねぇ、私は間違ってる…?」



世界政府に保護されて、クザンさんに出会って色々な事を知った。この世界は想像よりもずっと色彩に溢れていること。太陽の光、風の音、土の匂い。寄り添った背中の温もりと誰かが傍に居てくれる喜び。


「本当はこんな事望んじゃいけないって…私の唄はみんなのためにあるって知ってるのにね」


独りぼっちは嫌だ、あの日私の言葉に耳を傾けてくれたクザンさんだから。彼だけのために歌いたい。

(でもそれは…)

その願いは、この世界で私が存在する意味を喪失させる。



「俺はクザン。…まぁ、あれだ。別に取って食う訳じゃないから」
「…クザ、ン?」
「そんな怯えなさんなって」




居場所が出来たら、そこにある温もりを手放すのが怖くなった。けれど私はその誰かのために生きる事を赦されない。唄は私を孤独にする。それが不幸だとは言わないけど。



「やっぱり似合うね」
「あの、これ…」
「あげるよ、アリエルに」




私は首元で光るペンダントをそっと撫でる。まるでクザンさんが一緒に居てくれてるみたいで気が付けば私はいつも身に着けていた。彼が与えてくれた光が、私を彼の待つ場所へと導いてくれる。



「クザンさん…」



早く、あなたに会いたい。


「だれ、か…」
「…え?」


不意に声が聞こえた。それも脳内に直接話し掛けるように、酷く曖昧な感覚。胸の奥がざわりと揺れた。


「ぃや…だれか、」
「だ、れ…あなた誰なの?」
「だれか…」
「っく、あ…!」


つきりと胸に刺すような痛み。…あぁ、私はこれを知ってる。


「なに…だ、れ……っ」


沸々と胸の内に沸き上がる、それは嫌な感情。怒り、悲しみ、そして憎しみ…きっとこの声の主と共有しているのだと直感的に思うけど、そのあまりの激しさにそれが本当は自分の物では無いのかとすら考えてしまった。違う、私は…!



「だれか…たす、け……!」
「やだぁ、ぃや…!」


私は誰かを憎む事を、そんな感情を持ちたくなどないと言うのに。


(title:たとえば僕が)

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