どれくらい走ったろう。取り敢えず足が止まった頃には息が切れそうな程走っていた。いくらガープ中将に鍛えられたとは言え、やはり陸は好きじゃない。私はそばにあったベンチにゆっくりと腰を下ろす。


「………っ」


キスをされた、クザンさんに。いくら物事に疎い私でも、クザンさんの取った行動が一体何だったのかくらいは分かる。未だ熱を帯びたそこに私はそっと指で触れた。


「どう、し…て……」


ただそれが本気なのか、それとも単にからかわれただけなのか…。


「アリエルさん?」
「…っ!」


不意に聞こえて来た声に、思わず体がびくりと跳ねる。顔を上げれば海兵さんと一緒にポラリス少佐がそこに居た。少佐は私の顔を見るなり何事かと顔を驚かせる。


「…悪ぃ、先行っててくれ」


そう言ってポラリス少佐は、私の方に駆け寄って来た。恐らくは友人だろう。せっかく一緒に居たのに私のせいで申し訳なかった。


「どうしたんですか?」
「いえ、別に…」
「…そんな顔されてたら」
「え?」


指先が優しく目尻を拭う。



「な、んで…」



いつの間にか私は泣いていた。自分でも気付かなかったそれに戸惑うけれど、そんな事に関係なく涙は後から溢れてくる。目元を擦ろうとしたらハンカチをくれた。

(あ、これ…)

クザンさんが同じ事をしてくれたのを不意に思い出す。


「…クザン大将ですか?」
「え……?」
「アリエルさんをこんな風にさせるのはあの人くらいですからね」


少佐の言葉に思わず黙り込めば、やっぱりそうかと呆れたような溜め息が返ってきた。


「…怖いんです」
「怖い?」


クザンさんが何を考えているのか分からない。クザンさんの気持ちが読めない。こんな傍に居るのに。


「分かってるんです、本当はそんな事は無理だって。でも…っ」


私はまだ、あなたの傍であなたと一緒に歩いていたい。


嗚呼、世界が歪む


「…っ、何やってんだ俺は」


一人で焦りすぎだ。俺は近くにあったソファに座り込む。あの子は、アリエルはもしかしたらまた泣いてるのかもしれないと思った。


(title:涙屑)

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