風に潮の香りが混じっている。俺とアリエルは街を離れて海のよく見える岬に来ていた。緑と海しか無いそこに、美しく澄みきったソプラノが響き渡る。
「…良い歌だね」
「え?」
「恋の歌?」
俺の声にフッと歌声が止まった。
「あれ、違うんだ?」
「あ、いえ…その通りですけど。でも何で分かったんですか?」
「何て言うかねぇ…勘ってヤツ」
あんなにも甘い歌声で、なのに響きは悲しくて。それはまるで幼い頃に聞いた童話のように、どこまでも寂しい色を含んでる。そう、あれはたしか人間の王子様に恋をした可哀相な人魚姫の話だ。
(今にも消えてしまいそう)
泡沫に消えたそれのように、アリエルは儚い。
「アリエルも消えちゃうの?」
「クザンさん…?」
「ねぇ、居なくなる?」
今日が終わればアリエルは消えてしまうんじゃないかと、不安になって彼女を強く抱きしめた。
「…大丈夫ですよ」
「アリエル?」
「クザンさんがこうやって私を想ってくれる限り、私は何があっても貴方の元に帰ってきますから」
「………」
「この、温もりに…」
そう言ってアリエルは、俺の手をギュッと握り締める。彼女の顔に浮かぶ笑みがあまりにも穏やかで。
「ありがとう、アリエル…」
君と居ると自然と笑顔になれて、だから余計に君への想いは大きくなるんだ。アリエルの言葉はあまりにも真っ白で無垢で真っ直ぐで、俺の心に強く響く。それで良い。
(汚い事は知らずに…)
この世界に生きる限り、そんな事は不可能だとも理解していた。
「…あ、それじゃ今度はクザンさんのために歌いますね!」
「俺の?」
「子守唄ですよ」
「へぇ…俺はまだガキって訳?」
「そ、そんな意味では…!」
俺の言葉にアリエルは慌てて否定する。何もそこまでしなくても、ただ彼女が可愛くてからかっているだけだと言うのに。
「もう、巫山戯ないで!」
「あらら、残念…」
あっという間に柔らかな温もりが離れてしまった。わざとらしく残念がれば、アリエルは苦笑する。そしてすぅと息を吸い、ゆっくり口を開こうとした。
『あー、そこのおサボり大将!』
しかしそれは突然聞こえてきた声で掻き消される。
「げ…」
「ポラリス少佐?」
海に目を向ければ見慣れた軍艦。その船首には拡声器を持ってこちらを睨む海兵が居た。
まだ僕らはカゴの中
「そんな睨まないでよ」
「誰のせいと思ってるんです」
こうして俺とアリエルの逃避行は終わりを告げた。あぁ、きっとセンゴク元帥もご立腹なんだろうな。
(title:たとえば僕が)
戻る