カコン、と鹿威しの澄んだ音が響くここは本部の庭園の片隅。大きめに作られた池の中には観賞用の美しい見事な鯉が泳いでいる。そこにかかる小さな橋の上から細かくした餌を蒔いた。私は恐る恐る口を開く。
「あの、ガープ中将」
「なんじゃ?」
「鯉の餌が煎餅とは少し…」
いくら咽頭歯と呼ばれる歯があって硬い貝殻さえ噛み砕くとしても、果たしてこれを与えても大丈夫なのかどうかまでは量りかねた。
「大丈夫じゃ、多分!」
多分って。若干呆れ気味の私を他所に、ガープ中将は思いきり笑いながら残りを一気に蒔く。
「今のアリエルなら鯉の声が聞こえるんじゃないのか?」
「淡水は海とは異なります」
海の生物の声ならたとえそれが海王類であっても聞けるが、相手が淡水魚の鯉なら話は別だ。現にどんなに意識しても、鯉の言葉は聞こえてこない。私は溜め息を吐いた。
「…何か悩み事か、アリエル?」
「ガープ中将。私は本当にクザンさんやみなさんの傍に居てもよろしいのでしょうか?」
小さく呟いた私の言葉に、ガープ中将は無言で首を傾げる。
「自分が今、どんな立場にあるのかは理解しています。少し街に出るにしても、誰かしら海兵さんが一緒に着いて来てくれます」
「なら大丈夫じゃろうが」
「違うんです」
ただでさえ海軍本部は忙しいというのに、私のせいで彼らに余計な仕事が増えてしまった。きっとみんな迷惑に思っているに違いない。
「この…馬鹿者がー!」
「いたっ…!」
刹那、頭に激痛が走る。いや、痛いなんて物じゃない。一瞬だけ意識が遠退いた。私は何とか踏ん張る。
「ガープ中、将…?」
「何が迷惑じゃ!わしらは誰もそんな事は思っとらん。わしらのために離れるとか考えるのなら、そっちの方がこっちは迷惑じゃわい!」
「は、はぁ…」
思いきりグーで殴られた所がヒリヒリ痛い。ガープ中将は散々怒鳴ると私の頭をそっと撫でた。
「…アリエル」
「はい」
「青二才の事は好きか?」
「クザンさんを?」
クザンさん。私を初めて受け入れてくれた人。私の傍に居てくれると言ってくれた人。私のために血と理不尽と戦ってくれた人。私の大切な大切な心の居場所。
「普段は巫山戯てばかりじゃが、根は良い奴じゃ」
「はい、知ってます」
「…もっとわしらを頼れ」
温かい大きな手が離れていく。ガープ中将、クザンさん、そして他のたくさんの海兵さん。あぁ、何て良い人たちばかりなんだろうと。私は彼らの温もりに、込み上げる涙を我慢する事が出来なかった。
「アリエルはわしらの家族じゃ」
明日の空で逢おう
「それにしても青二才を褒めるのは気持ち悪くて寒気がするわい」
ガープ中将は眉間に皺を寄せて、大袈裟に身震いしてみせた。クザンさん、私は幸せ者です。
(title:たとえば僕が)
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