「…クザンさん?」


あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。気付けばうとうとしかけていた俺は、誰かが呼ぶ声でフッと閉じかけの目を開けた。視線をさ迷わせばこちらを見つめる二つの瞳と目が合う。


「っ、アリエル?!」
「?はい…って、わっ!」
「良かった…!」


首を傾げるアリエルを、思わず強く抱きしめた。


「あの、クザンさん?!」
「痛い所は無い?変な感じは?」
「え?あ、無いです…」
「本当に?本当の本当に?」


大丈夫だと言ってるのに、心配のあまり何度も同じ事をアリエルに聞いてしまう。俺が必死なのがそんなに可笑しかったのか、目をぱちぱちさせると彼女は小さく噴き出した。


「…え?アリエル?」
「あはは、クザンさん変なの!」
「ちょ、そこ笑う所じゃ…」
「でも少し心配し過ぎですよ」
「酷い…」


こっちは本気で心配なのに、当の本人は何と暢気なのか。

(…ま、思ったより元気そう)

アリエルが倒れた時はどうなる事かと思ったが、普通に笑っていられるほど元気なのだ。俺は内心ホッと胸を撫で下ろす。彼女が無事で本当に良かった。それと同時に少し前まで考えていた事を思い出す。


「…アリエル」
「はい」
「ここから逃げなさい」
「え…?」


どうして、と首を傾げられた。だって、だってあんな事を聞かされたら俺はもう…。


「急に何だって思うかもしれねえけど、このまま海軍や世界政府の下に居たら駄目だ。俺が海兵たちの気を逸らせとくからその隙に…!」


アリエルだけは、俺が。


「ちょっと待って下さい」
「…っ!」
「少し、落ち着いて下さい」
「アリエル…」


小さな手がそっと重ねられる。その柔らかな温もりに、紡いでいた言葉を止めた。本当に自分は何をしているのか。落ち着かせるように深呼吸をひとつすれば、加熱し過ぎていた頭がすぅっと冷えていく。


「何があったんですか?」
「…………」
「何を聞いたんです?」
「…アリエル、俺は」


幸せであるならそれで良いのに。ただその一族に生まれたからと、それだけでどうして終わりを決められなければならない。


「そんな顔しないで下さい」
「アリエル…」
「何で私なんかがここに居るか、ちゃんと理解してます」


理解してるって、そんな。



「知ってるの…?」



その問い掛けにアリエルは眉根を下げて、困ったように笑った。俺はそこで全てを悟る。あぁ、この子は本当に何もかも知っているのだと。


「私は別にどんな扱いを受けても構わないんです。たとえ良いように利用されて、使い捨てにされたとしても。海を守り世界の平和のために私の一生を捧げる。幼い頃からそう教えられてきました…」
「でも、それは」
「クザンさん、私にとって終わりは別に怖い事ではありません」


じっと海よりも少し深い、青の瞳を覗き込む。そこに偽りは無いか、無理をしていないか。しかしアリエルの瞳は、嘘を語るような光を帯びてはいなくて。


「それが私の運命だと、それで海が平穏でいられるなら私は喜んでこの身を捧げます。でも…っ」
「アリエル?」
「クザンさ、ん…」




「どうしてそんな事、言うの?」




ぽたり。握られた手に、温かい滴がこぼれ落ちた。


「え?」
「今はクザンさんがこうして傍に居てくれるけど、ここを出たら私は独りぼっちなんです。帰る場所なんて無くて…だから、お願いだから私の居場所を取らないで下さい!」
「っ、アリエル…」


肩を震わせ、声も無くアリエルは静かに泣く。俺が考える彼女の幸せは彼女にとって最も恐れている事だった。思いもよらなかった事に俺はただひとり戸惑い、どうしようもなくアリエルをそっと抱きしめる。



「その通りだぞ、青雉」



その時だった。俺とアリエルしか居ないはずの部屋に、俺達とは違う声が響く。振り返ればいつの間にかいセンゴク元帥が立っていた。


「センゴク元帥…」
「この部屋には監視用の小型電伝虫を這わせてある。妙な事を企んでいたがこちらに筒抜けで無駄だ」
「っ!」
「お前にこれを預けたのはどうやら間違いだったようだな」


そう言ってセンゴク元帥はキッと眼光を鋭くする。


君の消えない夜が欲しい


「あいつとアリエルならその血が持つ運めを変えられると、お前もそうは思わんか?のう…」


外に目を向ければマリンフォードの街の向こうに黒い雲が見える。きっと今日の海はいつもより少し荒れるに違いない。


(title:たとえば僕が)

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