運が悪いなんてモンじゃなかった。いい加減書類仕事にも飽きて、アリエルに申し訳ないと思いつつ書き置きを残してマリンフォードを抜け出したのが1時間前の話。



「ほら、さっさと歩け!」



今から30分ほど前まで遡る。いつものように青チャリで気の向くまま散歩を楽しんでいた。空は快晴、途中で何度かイルカをひきそうになったけど久し振りの逃亡劇を俺は満喫してた。


「何だありゃあ?」


――それが現れるまでは。


「海軍が何でこんな所に?!」
「あらら、おにーさんたち海賊?」
「やっちまえ!」



こっちは別にやり合うつもりはさらさら無かったのに、襲いかかられては仕方ない。


「何でそう突っかかるかな」
「…あなたが海兵だからですよ」


ぽつり溢せば、あるはずの無い返事が背中から返ってくる。


「あらら、少佐じゃない」


振り返るとそこには呆れ顔の部下、もといポラリス少佐が居た。ポラリス少佐は数年前に俺の部署へ異動してきた将校である。強くて真面目で仕事の出来る奴…だけど俺に対してのみたまに毒を吐いたりする。部下1号だ。


「また勝手に抜け出して、センゴク元帥怒ってましたよ?」
「え、もうバレちゃったの?」
「まったく、被害を受けるのは私やアリエルさんなんですからね。とばっちりはごめんです」


うわー、帰ったらセンゴクさんのお説教だなこりゃ。わざわざ迎えを寄越す辺りに機嫌の悪さが伺える。


「まったく、あなたという人は。本当に何考えてるんですか」
「えー、何って言われても別に」
「聞いてません!」


怒っちゃった。どうせこれから海軍本部に帰ってセンゴクさんに怒鳴られなくちゃいけないのに、ここでまず1回お説教されるのは流石に嫌だな。今にも斬り付けてきそうな少佐の視線を感じつつ、助けを求めて辺りを見渡す…と。


「アリエル」


後片付けに勤しむ海兵たちの中に、揺れる青を見つけた。


「…あ、クザンさん!」
「あらら、わざわざ迎えに来てくれたわけ?オジサン嬉しくなっちゃう」
「大将!」


こっちに気付いたアリエルが、甲板を駆けてくる。背後で少佐が何か吠えていたけど気にしない。目の前に居る少女は、安堵したように息を漏らす。


「やっと見付けました。…もう、勝手に居なくならないで下さい」


青い瞳が懇願した。でも次の瞬間にはもう柔らかな笑みに変わっている。何だか昔に戻ったみたいで、知らず口元が緩む。


「…何笑ってるんですか」
「ん?いや別に」
「どうかしました?」


少佐の小言とセンゴクさんのお説教は嫌だけど、たまにはこうして抜け出すのも悪くはないかもしれない。


演じられた非日常


「帰ったら書類片付けてもらいますからね、今日中に!」


どうやら少佐は本気らしい。これは椅子にふんじばってでも返すつもりは無いだろうな。…その前に、センゴクさんの怒りをどう鎮めたものかねぇ。


(title:アンシャンティ)

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