「サメさん?」


開口一番、目の前の少女はわしを見るなりそう首を傾げた。

王下七武海として世界政府の中枢へ近付く事を決意してより数年、未だ魚人と人間の間には決して浅くはない「溝」が出来たまま――久し振りにマリージョアの港へ立つ。今まで一度として揃った事のない会議のためだ。


「何じゃおぬしは」
「あ、えっと海兵です」


一応…と小さく添えられる。見たところ周辺に他の海兵たちの姿はなく、軍艦も自分とは別の海軍専用の港にあるようだが。


「んなもん見りゃ分かる。そうじゃなくて、お前さんは誰だと聞いとる」
「あ…私はアリエル、アリエルって言います。えっと…」
「わしはジンベエじゃ」


アリエルと名乗った少女に自分の名前を告げれば、ぱちぱちと目を瞬かせた後、嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「ジンベエさん、ですね」
「他の者からは親分と呼ばれとる」
「親分…」


かつてのタイヨウの海賊団船長であるタイのお頭が死んで以降、代わりに仲間たちを率いてきた。今でこそわしを船長と呼ぶ者も多いが魚人島時代からの呼称である「親分」の方がしっくりくる。慣れ、か。


「あの、ジンベエさん。私も親分さんって呼んでも良いですか?」
「好きにせい。わしもそうする」


親分さんなんて呼ばれるのは、しらほし姫以来かもしれん。


「アリエルと言ったか。お前さん海兵だと言うのに、わしの事も知らんとはな。全く最近の若いモンは…」


仮にも七武海相手に、親分さんなんて呼ぶ海兵が一体どこに居る。いや、そもそも彼女は最初自分のことを「サメさん」と言った。その時点でもうどうかしてる。


「親分さんは、海賊なんですか?」
「でなけりゃここに居らん」


それにしても何故わしはこんなところで足を止めているのか。こんな娘は放って、さっさと会議の場へ赴けば良いと言うのに。さっきから妙な違和感がぐるぐると胸の内を渦巻いて。

(この娘…)

何故、わしを恐れない。


「だって、親分さんは海賊だけど悪意を全く感じませんでしたから」
「っ、何じゃと…?」
「だから怖くないんです」


屈託のない笑顔でアリエルは言う。まるで心を読まれたみたいだ。驚くわしをよそに、アリエルはすぐそばの岩場へ腰を下ろす。



「――――――」



それは「唄」だった。遠く、忘れ去られた古の言葉、紡がれる調べはどこか懐かしく――そして哀しかった。


「………」


理由など知らない。けれどこの唄を聞いていると、何故か心が安らぐ。まるで赤子が揺りかごで揺られるように…海に抱かれたような気になるのだ。だから不思議に思ってしまう。


「アリエル、おぬしは何故海兵なぞやっておるんじゃ?」


こんなにも優しい唄を紡ぎ、笑う少女が海軍という組織に属することが理解できなかった。わしの言葉にアリエルは一瞬驚いたような表情を浮かべ、そして困ったように眉尻を下げながらも笑った。


「それが約束ですから」
「……約束?」


おかしな事を言う。海軍に居るということの何が約束なのだろうか。


「あ、イルカさん!」


ざぱんと海面から顔を現す、2頭のイルカにアリエルの表情もぱっと明るくなる。普段は沖に居る彼らが港に来るのは珍しい。


「今日も良いお天気ですよね。お散歩の途中ですか?…え、そうですか?ふふっ、ありがとうございます」


まるで彼らと会話してるかのように…いや、彼女はその実イルカたちと「会話している」のだ。


「………」


――古の伝説によると、人の身でありながら海に住む生き物たちと心を通わせる事の出来る人間が居るらしい。海の守り手。考えてもみろ、何故自分は彼女に心を読まれているなどと感じたのか?つぅと額を汗が伝う。


「おぬし、まさか…」
「アリエル!そこで何してんの」


出かかった言葉は、居合わせた他の人間により掻き消された。


「クザンさん!」
「…青雉」
「あらら、ジンベエじゃないの。七武海がアリエルに何の用?」


まるで今気付いたとでも言う風に、けれど剥き出しの敵意は鋭く。視線が交錯する。


「あ、ちょっと時間があったからお散歩してたら親分さんと会って、少しお話していたんです」
「ふーん、お話…ねぇ」


わしとアリエルが一緒に居る事が面白くないらしい。…いや、都合が悪いのか。わざわざ海軍大将が出てくる時点でわしの予感は確信に変わった。


「ほらアリエル、もう行くから早くこっち来なさい」
「はい、失礼します」


わしに頭を下げて、青雉の元へ駆け寄る。海軍や世界政府にどんな思惑があるか知らんが、今の状況はあまり良くない。約束とは一体何だ。


「………」


だが、今の自分は七武海…迂闊に首は突っ込めない。去りゆく後ろ姿を、ただ見送るしかなかった。


最愛なる厄日


七武海のジンベエが、アリエルと接触した。何の目的かは知らないが、あの口振りは確実にアリエルの「正体」を知っている。危険だと思った。


「クザンさん?」
「………」


いやそれ以上に…嫉妬してるのか。


(title:ポケットに拳銃)

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