普段乗ってるNSR250とは排気量の異なるバイク、カワサキZRX400の感覚を掴みながらいろは坂を下る。数日前に友人から借りたこれはよく手入れされていて、かすり傷一つでも付けよう物ならどやされそうだ。街中に入りアパートが見えた所で裏に回して停める。
「あ、もう来てるし」
「おはよ、name」
ドアが開いて、中からnameが顔を出した。すっきりと晴れた日曜の朝、これからデートに向かうのだ。
「カイ、今度の日曜は暇?」
「特に何もねえけど…」
「だったらさ、デートしよっか」
思いがけないnameからの誘いに断るつもりは毛頭なく。本当はnameのミラで行く予定だったのだが、何となく男としてのプライドが邪魔してバイクで行く事にした。普段はスカートの多い彼女も今日はジーンズを履いてる。
「私バイクなんて初めて」
「マフラー熱いから注意しろよ?」
「ふふっ、ありがとうカイ」
ステップに足を掛け、後ろのシートにnameは体を滑り込ませた。腰に腕を回してしっかりと掴まったのを確認してから、ヘルメットを被ってアクセルをゆっくり開ける。11月に入って、風も少し冷たくなってきていた。
「寒くねえか?」
「ん、カイが居るから」
「…そか」
言葉と共に力の籠められた腕に、何とも言えず照れ臭くなる。――自分以外の誰かとツーリングするのは初めてだった。「海が見たい」と言うnameを乗せて早朝の栃木を出発し、茨城を経由して千葉へ走る。
「何で千葉なんだ?遠いだろ」
「九十九里浜、行きたかったんだ」
バイクに慣れてないnameのために途中休憩を挟みながら、昼前には目的の場所に着いた。海水浴シーズンは多くの人で賑わうそこもこの時期は閑散としている。砂浜に打ち寄せる波、内陸の栃木では見かけない。人影の無い海岸を、手を繋いでゆっくりと歩いた。
「潮風…海の匂いがする」
「流石にあまり人は居ないな」
「11月だもんね」
吹き付ける潮風がふわりとnameの髪をさらう。夏が過ぎ、これから冬へ向かう海はどこかもの悲しく感じた。潮騒の中で互いに肩を寄せ合う。
「……静かだね。まるで世界に私とカイの二人きりみたい」
例えば今自分が持ってる全てを投げ捨てたとして、それでnameとずっと一緒に居られるとしたら。きっと俺は何の迷いもなくそうするのだろう。たとえそれが、間違っているとしてもだ。
「このまま、二人で居たい」
「うん…そうだね」
「…nameは嘘吐きだな」
夜が明け、明日と言う現実が始まれば彼女は違う男のモノになる。今この瞬間に永遠を望んでるのは俺一人だけなんだ。これは不毛な恋。
「手…冷えちまってるぜ」
「冷え症なの。カイは温かいね」
すっかり冷えきってしまったnameの両手を包み込んだ。白く綺麗なそれは俺の手に収まるほど小さい。思わず唇を寄せる。それを見つめる彼女の瞳にまた胸の奥がちくりと痛んだ。
「…っ、夏に来れば良かったな。nameの水着姿見たかった」
「別にいつでも見せるけど?」
「来年は泳ぎに来ようぜ」
――誰か、教えてくれ。俺はあとどれくらい、nameと一緒に居られる?
「そだね…また、来よっか」
いつか必ず訪れる別れの日に怯えながら、それでもこうしてガキのように彼女を縛り付けるしか無かった。この恋の正解はどこにある。
月が満ちるまで笑え
title:カカリア
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