あぁ、地獄ってのはこんなにも冷たく静かなのだろうか。だとすれば俺は昔から抱いていた地獄のイメージを改めなくちゃいけないかもしれねぇ。そんな無駄な事を考えてしまうくらい、ここは何も無かった。


「ジジイ、name…」


ほんの数十分ほど前、見知った顔がふたつ面会に現れた。俺の素性を知りながらも育ててくれたクソジジイ。そして大切な幼なじみのname。


「…エースさん」
「どうした、ジンベエ?」
「あの海兵の娘は…」
「オイオイ野暮な事聞くなよ」
「じゃあやっぱり」
「幼なじみだよ、大切な…」


違う。俺にとってnameは幼なじみなんかじゃない。



「あぁ、幼なじみだ…」



nameは俺にとって、大切な。


おれが守りたかったもの


「エース、いずれお前には話さんといかん事じゃが…お前の本当の父親はゴールド・ロジャーじゃ」


それを初めて聞かされた時の俺は今よりずっと幼くて、それが示す意味もジジイが辛そうな顔をする理由も分からなかった。ただ自分の父親はそいつなのだと認識する。母親の話はそれよりももっと前に聞いた。


「こら、待ちやがれエース!」


毎日が空虚で、億劫な日々。俺はいつだって独りぼっちでいた。



「今日からここで一緒に暮らす事になったnameだ。仲良くしなよ」



そんな俺の人生にも、ある日突然転機が訪れる。nameだ。初めはお互いに気まずくて会話もなかったけど、話してみれば案外楽しくて俺たちはすぐに打ち解けた。一緒に木登りをしたしあのうるさい村長に悪戯もした。怒られるのもnameが来てからはいつも一緒。


「エースは男の子なんだから、女の子のnameを守らなきゃ」


そんなとき、俺はマキノ姉にそう言われた。意味はあまりよく分からなかったけど何故だか頷かないといけないような気がして。



「いやぁああ…っ!」



だからあの日、ジジイたちの話を聞いて突然泣き出し、そしてしばらく寝込んでしまったnameに何もしてやる事が出来ない自分が悔しかった。


「ゴールド・ロジャー…?」
「けっ、胸糞わりぃ名前を出してんじゃねえよガキ!」
「アレはな、生まれてこなきゃよかった人間なんだ。とんでもねぇクズ野郎さ…。生きてても迷惑、死んでも大迷惑!世界最低のゴミだ!」


ジジイからnameの家族は海賊に殺されたと聞かされた時、俺はそこで初めて海賊だったという自分の父親に興味が湧いた。けれど聞こえてくる父親の話はどれも罵倒ばかり。


「エース、お前またこんな事を!」
「…死んだかと思ったのに」


悔しかった。哀しかった。顔も知らない父親を赤の他人がまるで知ったかのように好き勝手に罵りまわって。



「ジジイ、俺は…生まれてきてもよかったのかな」



でもそれ以上に、こんな風に言われる父親がただ憎かった。父親のせいで世の中は海賊だらけになっちまって、そして何の罪もないnameの家族はそいつらに殺されて。俺はnameに合わせる顔が無い。消えてしまいたい。


「エースの馬鹿、なんで…なんでそんなこと言うのよぉ…っ!」


でもそんな俺を叱って、救ってくれたのもnameだった。お互いにこの世界で独りぼっちで、だからこそ誰よりも余計にお互いが大切で。



「エースの手、あったかい…」



手も繋いだ。



「ん、エース…っ」



唇も肌も重ねた。



「一緒に来い、name!」
「無理よ…そんなの出来ないわ」



けれど、俺とnameの"道"が交わる事は一度も無かった。こんなにも俺たちは求めあっているのに、周りが、世界がそれを許してはくれない。


「そうだ、いつか俺とnameで北の海に一緒に行こうぜ!」
「私とエースで北の海に?」
「二人で雪を見るんだ」
「約束だよ、エース…!」
「おう、約束だ!」


「約束、か…」


結局俺たちはあの約束を果たせずじまいだった。俺は唯一動く首を持ち上げて暗い天井を仰ぐ。



「はっ…わりィな、name」



あぁ、地獄ってのはこんなにも冷たく静かなのだろうか。だとすれば俺は昔から抱いていた地獄のイメージを改めなくちゃいけないかもしれねぇ。

―――だって、ほら



「…っ、わりィ」



nameの事を思って流すたった一滴の涙が、こんなにも熱を帯びている事を俺に思い知らせるのだから。

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