眼下に広がる美しい風景。聖地マリージョアでも一際高い場所にある世界政府は、世界のあらゆる権力の上に鎮座する貴族たちを見下ろしていた。一階のテラスでアップルティーの香りを楽しみながら、私は彼の仕事が終わるのを待つ。婚約者であるクラウディオ中佐は父の補佐官を務める海兵だった。


「…くだらないわね」


世界も、私の人生も。いつの間にか勝手に将来を決められて、それに反発するでもなくただ黙って従う。

(これじゃまるでお人形さんね)

私は一体、何のためにこの世界を生きているのだろうか。



「フフ、フフフッ!こいつァまた、見ねえ顔の先客だな…」



突如視界にピンクが広がった。それまで見ていた美しい風景を遮るピンクを見上げると、おおよそ不釣り合いなサングラスを掛けた大男がそこに立っていた。呆気に取られる私をよそに彼は目の前の椅子に腰掛ける。


「あ、あの…」
「何て名前なんだお嬢ちゃん?政府や海軍の人間じゃねえんだろ」
「…随分と失礼な方ですね。他人に名前を聞く時は、まず自ら名乗るのが礼儀なのではなくて?」
「フフフッ、それは失礼したな」


不躾な質問にムッとしてそう言葉を返せば、気の強い女は嫌いじゃないとそいつは笑い声をあげた。


「ドンキホーテ・ドフラミンゴ、俺の名前だ。これで良いだろ?」
「…nameです」
「name、ねぇ…。フッフッフッ!良い名前じゃねえか」


本人と一緒で、と舐めるように私の体を上下する視線にまた眉間に皺が寄ったのを感じる。彼…ドフラミンゴは注文を取りに来たウエイターに意外にも私と同じ物を頼んだ。ほどなくしてアップルティーがもう一つ、湯気を立て白いテーブルの上に並べられる。


「…フフッ、とても飲めたモンじゃねえな」


こんなものを飲むなんて意外だなと思っていたら、やっぱり彼は少し口にしただけでカップを置いた。ならば何故と問えば、ただ興味があったからと返され溜め息を吐く。

(やっぱり面白くないわ…)

案外普通だった答えに、期待外れの気持ちが大きくて一人落胆した。



「いけ好かねえなァ…」



だから突然浴びせられたその言葉に驚いたのは至極当然で。伏せていた顔をパッと上げる。


「………?」
「フッフッフッ、猫かぶりは好きじゃねえって言ってんだよ!」
「っ、猫かぶり…ですって…?」


聞き捨てならない言葉に、頬の筋肉が一瞬引き攣ったのを感じた。


「一体なんの事か…」
「分かんねぇ、ってか?惚けるのは構わないが、素直になっちまった方がいっそ楽なもんだぜ…?」


例えば、と小さく呟いたかと思うと右手を上げる。何だと考える暇もなく体が勝手に動いた。意思に反して目の前の男の胸に飛び込む。


「きゃっ…!」
「父親の言いなりなんかになってねえで、好き勝手したらどうだ?家も婚約者も全部裏切ってよ…」


ぐっと腰を引き寄せ手を取られ、そんな事を囁きながら顔を近付けられた。濃い色のサングラスが隠していた瞳が一瞬だけ透けて見える。その凶悪なまでの鋭い煌めきに、思わず体がふるりと震えた。


「ドフラミンゴ、さ…」
「そこで一体何をしている!」


その時、誰も居なかったはずのテラスに聞き覚えのある声が響く。


「…っ、クラウディオさん」
「フフフッ、ヒーローの登場だ」
「nameさんからその薄汚い手を離せ、ドフラミンゴ。七武海とはいえ海賊は海賊だ」
「彼が…海賊……?」


見上げればドフラミンゴは口元に綺麗なまでの弧を描き、クラウディオさんの方をじっと見ていた。考えてみればこんなふざけた格好の人間が政府の役人なはずもなく、ともすれば先程感じたあの眼差しの鋭さにも自然と納得がいく。未だに刃を突き付けるクラウディオさんを鼻で笑うと、ドフラミンゴはようやく私を解放した。


「フッフッフッ、正義って曖昧なものほど面倒臭ぇもんはねえな」
「黙れ、悪党に一体何が分かる!」
「何か勘違いしてねえか、俺は海賊だぜ?海軍の掲げる正義なんか胡散臭くて吐き気がする」
「っ、ドフラミンゴ…!」
「二人とも、もうそこでお止し」


今にも掴みかからんばかりの勢いの二人に、待ったの声がかかる。


「つる中将…!」
「年頃の若いお嬢さんも居るんだからみっともない真似してるんじゃないよお前たち。まったく」
「フフフッ、俺のせいじゃねえぜ」
「お黙り。早く上がってきな…」


少し上の階の窓から顔を覗かせていたお婆さんは、それだけ言うと中に引っ込んだ。クラウディオさんは渋々であるが刀を下ろし、ドフラミンゴの側に立つ私を引き寄せる。


「随分とお盛んな海兵さんだなァ」
「早く中将の元へ行け…!」
「フフフッ、男の嫉妬は醜いぜ」


ドフラミンゴは独特の笑い声を上げると、テラスを出て一人中へと入って行った。その間際、感じた視線は…。


純白をしらないお姫様


「…大丈夫でしたか、nameさん。お怪我は?ドフラミンゴの奴に何か酷い事はされていませんか?」
「えぇ、ありがとう」
「ご無事で良かったです…」


ぎゅっと強く抱きしめられる。私を包み込む柔らかな温もりの中で考えていたのは、目の前の彼ではなくピンクを纏った海賊だった。

戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -