「………?」
巡回を終えて派出所に戻ると、そこは別世界だった。一瞬違う建物に入ったのかと思ったが、自分がそんな事するはずも無く。俺は一度は閉じてしまった扉を再び開き、中へ足を踏み入れた。
「おい、てめえら何してやがる」
「あ、スモーカー大佐だ!」
「お疲れ様です、スモーカーさん」
俺の言葉にたしぎとアンジェラが声を返す。しかしその手は相変わらず動きを止めない。
「まずは俺の質問に答やがれ」
「嫌ですね、スモーカーさん。今日はクリスマスじゃありませんか。ねぇ、アンジェラ軍曹?」
「そうです、たしぎ曹長!」
「…クリスマス」
はぁ、と溜め息を吐いた。何と言うか予想通り過ぎて呆れてしまう。派出所内を見回せば他の海兵たちも飾り付けの手伝いをしているではないか。こんな時にここへ海賊が現れたら笑い話も良い所だ。
「ほらスモーカー大佐も!」
そう言って何やら長い電飾のコードを差し出すアンジェラ。
「誰が認めるって言った?」
「手が届かないんです」
お願いします、と笑顔で見つめられる。手が届かないって。なら最後に残されているツリーのてっぺんの星はどうするつもりだ。まさかこれは自分でやるのか?
「………はぁ」
俺は仕方なくそれを受け取ると、彼女の身長の二倍はありそうな高いツリーに巻き付け始めた。
What is your wish?
I want all to find happiness!_
「次、アンジェラとマシカクの軍曹コンビ歌います!」
待ってましたとばかりに、広い食堂が沸き立つ。前の方に設けられた一段高いステージは、先程から海兵たちによる歌や芸が入れ替わり立ち替わり披露されていた。今はジングルベルが聞こえる。
「くだらねぇ…」
何がクリスマスだ。こうやって海兵が油断している今を狙って海賊がこの街を襲うかもしれないのに。
「楽しんでますか、大佐?」
盛り上がる海兵の輪から離れ、一人部屋の隅で酒を飲んでいるとアンジェラが隣に来る。彼女も少し酒を飲んでいるのか、いつもより明るかった。俺は取り敢えずグラスに酒を注いでやる。
「あ、ありがとうございます」
「…よくここまで盛り上がれるな」
その元気があれば、今晩はあと二回くらい巡回に行けるだろうに。
「スモーカー大佐は嫌いですか、クリスマス?」
「そういう事じゃねえ」
「じゃあ好き?」
「…別にどっちでもねえよ」
小さいガキじゃあるまいし。今更クリスマスだのサンタクロースだのを楽しみにする歳じゃない。アンジェラは違うのか?
「別に信じてませんよ。でも夢があって、素敵じゃないですか」
「夢、ねぇ…」
「スモーカーさんは?」
信じてたんですか、と彼女は瞳をキラキラさせて聞いてきた。
「…今は違ぇよ」
「あ!今はってことは信じていたんですね?!」
「信じてちゃ悪いのか?」
「いえ、可愛いなって思って」
笑い声をあげるアンジェラに、今更ながら話してしまった事を少し後悔する。だがもう遅い。俺はフンとそっぽを向くとグラスの中の酒を誤魔化すように飲み干した。海兵たちの騒ぐ声がやけに耳に付く。
「じゃあそんなスモーカーさんに私からプレゼントです」
刹那、俺の視界を塞ぐように現れた可愛くラッピングされた袋。それは少し大きめの真っ赤な。
「…何だこれは?」
「だからプレゼントですよ」
何が良いか分からなかったので、喜んでもらえるか分からないですけどと苦笑する。俺はプレゼントとアンジェラの顔を交互に見ると、渋々だがそれを受け取った。緑のリボンを外して中を見る。
「…手袋?」
中に入っていたのは少し厚手の革の手袋だった。俺はそれを取り出して手に取る。真新しい手袋は蛍光灯の光を浴びて艶を放っていた。
「スモーカー大佐がいつも手袋着けてるのを思い出して」
なるほど、確かに俺はいつも任務の時は手袋を着けている。すっかり使い古されたそれは傷が入るなどしてぼろぼろだ。俺は着けていた手袋を外して貰ったそれを嵌める。
「…悪くねえ」
「葉巻の方が良いのでは…?」
「いや、気に入った」
「それなら安心しました」
ニッと口端を上げて笑ってやるとアンジェラもにっこりと嬉しそうに満面の笑みを返してきた。
「でも俺はプレゼント無ぇぞ」
「あ、そこは心配なく」
「あぁ?」
「ちょっと失礼」
そう言って少し腰を上げる。その直後、頬に感じた柔らかな感触。
「なっ…?!」
「ごちそうさまです」
何が起きたのか。それを理解した途端、何とも言えないものが込み上げてきた。一方のアンジェラはしてやったりといった顔で。
(こいつ…っ!)
一体なんて奴なんだろう。
「それじゃ、私はこれで…」
「ちょっと待て。どうせならちゃんと受け取れよ」
「は?それってどういう意味…!」
俺はアンジェラの腕を掴むと、思いきり引き寄せキスをした。驚くアンジェラは逃げようと腰を引くが、逃がすまいと腕を回して強く離してやらない。周りの海兵たちはステージにばかり目が行って気付くはずも無く。次第に息の上がってきたアンジェラからようやく離れた。
「はぁ、スモーカー大佐…っ」
「十年早ぇんだよ」
「っ!巡回行ってきます!」
顔を真っ赤にして、アンジェラは食堂を飛び出す。
「あれ、アンジェラ軍曹は?」
「巡回だとよ」
「え、一人でですか?!」
何事かと寄って来たたしぎは、それを聞いて慌てて後を追うように出て行った。まぁたしかに、こんな真冬にあの制服じゃ風邪を引くのがせいぜいだろう。俺は光沢を放つ手袋を手に馴染ませると、十手を取りに行くべく賑わう部屋を出た。
このキス糖度12度
「おい待てよ、アンジェラ」
「着いて来ないで下さい…!」
「アンジェラ軍曹?!」
雪の積もった街を、俺とたしぎとアンジェラで歩く。たまにはこんなクリスマスも悪くないと思った。
Did the wish come true?_
―――――
スモーカー+α夢でした!今回は暗いシーンも全く無く書けました。やっぱりクリスマスはこうで無くちゃですよね。αは主にたしぎちゃんが頑張ってくれた気がします。きっとこの後スモーカーは事情を知ったたしぎに怒られるのでしょうね。
イメージソングは、ラルクの「Hurry Xmas」です。たぶん夢主目線?要は曲の雰囲気ですね!←賑やかな明るい感じが良いと思います。
:)Thanks!!
title:アメジスト少年
image:Hurry Xmas/L'Arc-en-Ciel
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