「…あれ?」
すっかり陽も暮れた頃、そろそろ帰ろうと思い執務室を出た。真冬の風が吹き抜ける廊下を一人で歩きながら、不意に足元に射す明かりがある事に気付く。それは下級士官用に設けられた広い執務室からだった。
「アンジェラちゃんじゃないの」
「あ…お疲れ様です、大将」
何となく中を覗いてみると、書類の山に埋もれて見慣れた顔がある。彼女、もといアンジェラは俺の直属の部下に当たる少尉だ。俺の部屋に山のような書類を持って来たり、月に一度の軍事演習で周囲の男性に勝るとも劣らない活躍をしていたのを覚えている。
「今から帰宅ですか?」
「そのつもり。ってか凄い量だね」
「…大将がサボるからですよ」
「…あららら、そうだったんだ」
訴えかけるような瞳を向けられ、何となくだが申し訳ない気持ちになった。というか、いたたまれない。
「てか、アンジェラちゃんは帰らなくていいの?今日はせっかくのクリスマスだよ」
そう、今日は世間一般では楽しいクリスマス。マリンフォードの街も今月に入って急に賑やかになった。いたる所がクリスマスの音楽やイルミネーションで溢れている。彼女ほどの年齢なら、家族や恋人と共に今日を楽しんでいるだろうに、けれど彼女は本部で一人残業なのだ。
「…一人ですから」
「え?」
「帰っても一人ですから」
「…家族は?」
「両親は小さい頃に村を襲った海賊に殺されて死にました。恋人なんてそんな人も居ませんから…」
だからみんなの仕事を全部引き受けたんです、と眉根を下げて笑うアンジェラはどこか痛々しい。
「まぁ、無理しなさんなよ」
「はーい!」
彼女の頭を一撫でし、俺は部屋をあとにする。相変わらず冷え切った外は、何だか彼女の心を表しているようで。
(何だかねえ…)
世知辛い時代になったもんだ。
What is your wish?
I want her to be smile._
日付も変わり、時刻は現在午前四時過ぎ。私は最後の書類をしっかりと書き上げ、処理済の山に重ねた。凝り固まってしまった肩を解すように幾らか揉む。あのサボリ魔な上司のお陰で、とんだ迷惑だ。
「…クリスマス、か」
ふと、その迷惑な上司が口にした言葉が頭に過ぎる。
(別に嫌いじゃないんだよね…)
周りの同僚が家に帰って家族や恋人と過ごすのだと、嬉しそうな顔で話す様は見ていてこちらも悪い気はしない。ただ自分はどうなのかと問われると、そんな一緒に居てくれる相手は居ないわけで。どっちにしろ海兵になってからはクリスマスなど独り身の自分には無縁だった。
「………」
昨日の夜、気分転換に出た街で窓越しに見た笑顔に満ちた空間。それが自分にはもう無い事にどこと無く寂しさを覚える。街を彩る電飾すら私を拒んでいるみたいで。
「…よし、帰ろう!」
幸い今日はオフだ。私は弱気な自分を叱咤するように声をあげると、机の上を片付けコートとマフラーをしっかり羽織る。日付が変わってから急激に寒さを増したから。戸締まりを確認して部屋を出た。
「お疲れ、アンジェラちゃん」
耳に届く聞き慣れた、声。
「た、いしょ…う…?」
「あれほど言ったのに、こんな時間まで仕事して。俺がここで何時間待ったと思ってんのよ」
「すいません…じゃなくて!」
ぱくぱくと口が開いたまま塞がらない。なぜ、どうして。
「何でここに居るんですか?!」
そう、彼はたしかに自分よりもずっと先に帰ったはず。出勤するにしたってまだ夜が明けてないし、彼の性格からしてまずありえない!
「あー、なんだ?…まぁそんな面倒臭い事は別に良いじゃねえの」
「どうでもって…ひゃっ!」
「そんな事より今から出掛よう」
モコモコした耳あてを着けられ、半ば強制的に大将の自転車に乗せられた。どこに行くのかと聞いても「まぁ良いから」の一点張りではぐらかされる。私も昨日から徹夜明けで疲れており、大将はこんな調子だから諦めて大人しくした。
(…綺麗な空だなぁ)
見上げれば満点の星空。街灯以外に明かりは一切なく、自転車に揺られている私の息は寒さで白い。
「…着いたよ」
キィ、と音がして止まる。
「ここって、本部の裏…?」
「本部の裏…だねぇ」
背後には見慣れた石造りの壁。随分と長い間を自転車に揺られていた気がするのに、着いたそこは本部の真裏だなんて拍子抜けだ。
「…ていうか、寒い」
「耳あてをあげたでしょ?」
「私は制服なんです!」
いくら少し厚手のコートを着ていると言っても、その下はあの袖なしの制服。せめて冬服など無いものだろうかといつも考える。一人寒さに震えていると、見兼ねた大将に腕を引かれた。急な事だったからバランスを崩してそのまま倒れ込む。
「あ…危ないじゃないですか!」
「そうカッカしなさんな」
「じゃなくて、どさくさに紛れて一体なにやってるんですか…!」
後ろから抱きしめられるように、私は大将の足の間に座っていた。これはいわゆる、ラッコ座りというやつで…。
(は、恥ずかしい!)
何とか逃げ出そうと暴れる。
「暴れなさんなって…」
「やだ、離してください!!」
「もう少しだから」
「少しって、何が…っ?!」
刹那、暗かった世界に眩しい光が差し込んだ。東の空が白み、夜明けを告げる。私は目の前で起きている事から目が離せなかった。
「綺麗…」
海からゆっくりとその顔を覗かせる太陽。放たれる光を浴びて、世界が一様に煌めく。
「ダイヤモンドダスト」
「っ!」
「どう、感動した?」
「……はい」
氷点を下回る冬の寒い日、ごく限られた条件の元でそれは現れる。空気中の水蒸気が冷やされ、昇華していく無数の結晶に光が当たってキラキラと煌めくのだ。まるで夢を見ているかのような光景に、思わず感嘆の溜め息が漏れる。
「これ、大将が?」
「いつも頑張ってるアンジェラちゃんに、一日遅れのプレゼント」
残念ながらケーキは用意してないよと大将は笑った。そんな、本来ならばクリスマスなど素通りしてしまうというのに。一体これ以上なにを望めというのだろう。私は回された腕にそっと手を重ねた。
「大将…」
「ん?」
「メリークリスマス」
「…メリークリスマス」
あぁ、世界とはなかなかどうしてこんなにも美しいのだろうか。
世界は君にキスをした
「………?」
ぽたりと。回した腕に温かい雫がこぼれ落ちる。ちらりと後ろから見たアンジェラの口元には、見た事の無いような笑みが浮かんでいた。
Did the wish come true?_
―――――
青雉夢でした。…何か青雉さんが優しい←ダイヤモンドダストは一度で良いから見てみたいです。そういえばゲームの青雉の技でダイヤモンドダストがあるんですよね?日付が変わって急に寒くなったのは、もちろん青雉のせいですよ。
イメージソングはJUJUの「PRESENT」です。青雉によってどこか他人と一線を引いていた夢主が、次第に心を開いていく様子を描けていたらと思います。
:)Thanks!!
title:さよならワルツ
image:PRESENT/JUJU
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