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二宮大輝×
※「非生産的な〜」同一夢主
※智幸夢要素有、悲恋
「咲良さん、乗せて下さい!」
東堂塾に入ってすぐ、俺が懐いたのは年上で先輩の咲良さんだった。自分と同じEKで、気に入らないからとオールペンした真っ赤なボディがよく似合う。同期のトモさんほどでは無いけど塾生の中ではとても早かった。
「大輝、アンタまた来たの?自分のEKに乗りなさいよ、懲りないわね…」
「俺、咲良さんのブレーキングに憧れてるんっす。お願いします!」
「憧れてるって…」
「咲良に惚れてるの間違いだろ?」
「…っ、トモさん!」
トモさんの言う通り、俺は咲良さんに惚れてる。もちろん走りにも。
「ちょっとトモ、性格悪いよ。あんま大輝を苛めないでやって」
「出た出た、咲良の大輝贔屓」
「茶化さないでよ。…ほら大輝、早くおいで?ナビ乗るんでしょ」
チャリとEKのキーを鳴らして。女性らしく赤に塗られた指先は、官能的な空気を漂わせる。その一方で咲良さんの操るEKは獲物を狙う獣のように鋭く乾いた音を峠に響かせた。
「やっぱ凄いっすね、咲良さんのブレーキングは。今度教えて下さいよ」
「…ねぇ大輝、アンタ変わってるね。普通ならトモに言わない?」
「お、俺は…咲良さんが良いです」
塩那峠の下りを全開で攻めて、下の駐車場で一服。咲良さんに投げて寄越されたコーヒーの缶のプルタブを起こす。漂うメンソールの香りは彼女のお気に入りの煙草からだった。咲良さんがぽつりと溢した言葉に素直に返せば、一瞬大きく目を見開きそして笑う。
「大輝、お前はほんと可愛いね」
そう言ってくしゃくしゃと頭を撫でられた。指先が触れたとこから、じわりと体が熱を持つ。俺、咲良さんが好きだ。
「ちょっと大輝、アンタのEKどうなってんのよ?もうアライメントが狂っちゃってるじゃないのさ」
「いや…ちょっとぶつけて」
「うそ、冗談でしょ?」
俺のEKはメンテもチューンも東堂商会に持ち込むけど、もっぱら咲良さんが担当になってしまっている。だから彼女は俺のEKの事なら何でも分かった。小さな擦り傷すらお見通し。
「大輝、お前咲良の事好きだろ」
――でも俺の気持ちを最初に見抜いたのはトモさんだった。あれはトモさんがプロになるのを祝う席での事。ビールを片手にほろ酔い気分の彼は聞いてきた。
「急に何すか、トモさん」
「俺が言うのも何だけどよ、咲良は良い女だぜ。アイツもお前の事気に入ってるみたいだし、付き合わねえのか?」
「俺、は……」
本当は告白したいし、キスして、あの人の全てが欲しい。でもそれが出来ないのは、自分で分かってるから。
「なぁ、お前もそう思うだろ」
咲良。トモさんの言葉に、心臓が大きく一つ脈打つ。彼は隣に座っていた咲良さんに俺と同じ事を問い掛けた。途端に咲良さんの表情が凍る。
「咲良?」
「……の、…ぁ……っ」
「咲良さん…」
「っ、トモの馬鹿!」
ぼろぼろと零れ落ちる涙の滴。彼女はそう叫んで店を飛び出した。呆気に取られるトモさん。正直やってしまったと思った。俺はちらりとトモさんの顔を見て咲良さんを追い掛ける。たぶんEKだ。
「…………」
「…っ」
「……あの、咲良さん」
夜の駐車場、闇に浮かび上がる真っ赤なEK。その影で小さく蹲って肩を揺らす咲良さんを見付ける。
「だい、き…?」
――好きな人の流す涙は、どうしてこんなに美しいのか。顔を上げた彼女の瞳には今も涙の滴が浮かんでいる。咲良さんは走り屋であると同時に一人の恋する女性でもあった。俺の想いは届かない。
「トモさん、別に悪気があった訳じゃ無いと思うんっすよ。ただちょっと酒に酔ってただけで…あの人弱いから」
「………大輝」
「だから気にしな…っ!」
刹那、体の衝撃が走る。ふわりと香るのはメンソール。抱き付かれてる。
「咲良さ、ん…」
「今だけ…一緒に居て」
「え?」
「一人にしないで」
「…っ!」
それからの事は、よく覚えてない。ただ俺のEKでホテル行って、夢中で彼女を貪った。初めて触れた咲良さんの唇は想像してたよりずっと柔らかいと感じた事だけ記憶してる。大輝と呼ばれる度に体が芯から痺れて堪らなかった。
「え、咲良さん…?」
それから二年。咲良さんはプロのレーシングチームから声をかけられ、トモさんと同じく塾を卒業した。新たな仕事はメカニック、俺のEKも彼女の手を離れる。
「…大輝?」
「お久し振りです」
そして更に数ヵ月後、久し振りに塩那峠を訪れた咲良さんの隣には男が居た。年下の、MR-Sに乗ってる男。
「元気そうじゃん。あ、紹介するね。今私が居るチームのドライバーの小柏カイくん。カイ、後輩の二宮大輝くん」
一目でこいつは咲良さんの新しい男だと分かる。トモさんとは違う、けど咲良さんの好きそうな年下の可愛い男。とてもショックだった。結局俺は彼女の一番になる事は絶対に無理なのだと。悔しくてぎゅっと強く拳を握る。
「あの、咲良さん」
「ん、なに?」
「俺を横に乗せて下さい!」
精一杯の悪あがき。俺だって咲良さんが好きなのだと、隣の男を睨み付けた。
「…ごめんね、大輝。私、もうあなたを横に乗せる事はできないのよ。私の隣は彼の、カイの場所だから」
そう言って彼女は俺の頭を撫でる。本当は分かっていた。咲良さんはもう昔と違うって。カイと呼ばれた彼を見る瞳はあの頃よりも幸せに溢れている。
「大輝、お前はほんと可愛いね」
「っ、そ…っすよね」
ずっとずっと、好きだった。結局最後まで叶わない恋だったけど傍に居れて嬉しかった。出来ればもう少しだけ赤のEKを追い掛けていたかった。…気が付けば彼女の指先はピンク色に変わっていた。
「俺…頑張りますから。いつか必ず咲良さんのブレーキング越えるから」
さようなら、俺の大好きな人。今だけは記憶の海に浸らせて――
生命を抱いて永遠に眠れ
(どうかここでは笑っていて下さい)
―――――
東堂塾の二宮大輝夢。
コミックの彼も結構可愛いよね。
夢主と大輝の片想いです。
title:カカリア
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