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※シリアス・悲恋





俺には叶えたい夢がある。いつか、そう遠くない未来にこの奥州を平定して奥州の王となる事。領内ではもう随分と長い間その頂を巡って戦が絶えない。戦は緑の大地を焦土と化し、奥州に住まう民は貧困に喘いでる。



「俺が、この奥州を治める」



世まい言だと周囲の大人たちからは嘲られた。右目の潰れた若輩者に、どうして奥州統一の偉業が成せるのかと。


「奥州を、ですか…?」
「Ah?この俺を疑うのかよ」



冗談なんかじゃない。本気で、俺が奥州の覇者となる。驚いたように瞳を瞬かせる遥に悪戯っぽく言えば、慌てて首を横に振った。射干玉の黒髪がふわりと揺れて、柔らかな春の風に舞う。


「いえ、あまりに大きな事だったので驚いてしまって…」
「…遥も、無理だと笑うか?」
「志は高くですわ。いっそ日の本の統一とでも仰って下さいませ!…政宗様なら可能と信じております」
「Ya…そんなの当たり前だろ?」



戦が無くなって平和になれば、遥が悲しむ事も無い。こいつは、優しい人間だから。どんなに小さな事でも遥の涙だけは見たく無かった。


「I promiss、約束する…」


彼女が泣く事の無い世を、傷付かない優しい世界を築く。そのためならどんなに傷を負っても構わない。夢が現実となるその時まで、俺は刀を取り続ける。



「――…政宗様」



俺には叶えたい夢があった。いつか、そう遠くない未来にこの奥州を平定して奥州の王となる事。そしてその夢は現実となった。争いの絶えなかった奥州も俺の名の下に束ねられ、今や日の本の覇権を争う一大勢力へ成長した。


「出陣の用意が整いました」
「Ya、すぐに行く」


望んだ安寧は手の内にある。遥が涙を流す世界はもう無い…はずなのに。


「お、とうさま…?お父様!」
「…Hey!待てよ、遥」
「政宗様、良直殿が…!」
「この戦にも、お前出るのか?」
「政宗様のお命こそ我が命」


鬼庭良直、綱元の父にして伊達家家臣団の一員。そして遥の父でもある。忠臣として伊達家にその生涯を捧げた彼は、もう居ない…俺が殺した。人取橋で怪我を負った俺を逃がそうとして。



「政宗様を守る事こそ、我が務め」



そう言って膝を折る遥に、良直が討ち死にしたと告げたあの日が重なる。


「政宗様、小十郎です」
「…それでは私は失礼します」


一礼し、陣幕を潜って小十郎と入れ替わりに出て行った。その後ろ姿にどうしようもなく焦燥感が込み上げる。俺は頭上に広がる蒼穹を仰いだ。


「政宗様」
「人間ってのは、どうにも欲深い生き物だな。奥州を手に入れるって俺の夢は叶ったのに、まだ足りない」
「…政宗様」
「足りねェんだ」


夢は叶った。けれど一番に望んだ遥の笑顔はもうそこに無い。二度と戻る事は無い、永遠に失われたのだろう。


「…出陣する、小十郎」
「承知しました」
「Partyの始まりだ」


兜の顎紐をしっかりと締め、陣幕の向こうへ踏み出した。無数に立てられた伊達の家紋に、戦の空気を肌に刻む。もはや後戻りなど出来ない。命ある限り前へ進み続けるしか道は無い。



「Are you ready guys?」



視界に映る射干玉は、夜明けの光を浴びてなお美しさを保ったままだった。


零れたフラグメント
(かつての君を望む俺は愚か者か)



―――――
夢主について少し補足。
鬼庭良直の娘で人取橋の戦いで死んだ
父の敵討ちの為に仕官しました。
奥州平定後も政宗に仕えています。

(title:アンシャンティ)

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