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二宮大輝×
※酒井視点です
東堂商会は社長の東堂さんがホンダ党なだけあって、主に扱っている車はやはりホンダ車が多い。そうかと言ってホンダ車オンリーと言う訳ではなく、基本的にはどんなメーカーのどんな車もOKと言うスタンスを取っている。だから裏のドックには時折スープラやセリカなんかの姿を見かけたりもした。
「こんにちは、酒井さん!」
店の入り口のドアが開き、見慣れた姿がひょっこり現れる。相変わらずの笑顔と剥き出しの白い肩が少し眩しい。
「いらっしゃい、咲良ちゃん。今日は車の受け取りだよね?」
この東堂商会の数少ない女性顧客である彼女、天宮咲良ちゃんは俺の担当しているオーナーだ。彼女の愛車はスバルのスポーツセダンである、レガシィB4。真っ赤なターボモデルだった。
「もう出来てますか?」
「いや、今社長が最終チェック入れてるところかな。すぐに終わるよ」
そう言えば眉根を下げてあからさまに残念そうな顔になる。思わず苦笑しながら奥のキッチンに足を向けた。戸棚を開ければ彼女専用の紅茶葉が置いてある。
「レモン、まだあったかな…?」
この真夏の暑い日に、咲良ちゃんが飲むのはホットのレモンティー。夏なんだからアイスで飲めば良いのにと俺は思うけど、冷房が苦手な彼女はむしろ夏こそホットらしい。ティーカップに琥珀色をした液体を注ぎ、少し厚めにスライスしたレモンを浮かべた。
「はい、レモンティー」
「えへへ、ありがと酒井さん」
平日の午後は比較的暇で、特に今日は彼女のレガシィの引き渡し以外ほとんど何も無い。もちろん整備ドックにはレガシィの他に何台か入ってるけど、急ぎの仕事じゃないし夕方まではインテグラを弄ってる予定だ。テーブルを挟んで咲良ちゃんの向かいの椅子に座る。
「最近は大輝と上手く行ってる?」
「え、大輝と…ですか?」
「喧嘩したりとかしてない?」
――咲良ちゃんは大輝の彼女だ。最も大輝は女の子を大切にする、と言う事が苦手と言うか分かってないため一度別れる一歩手前まで行った事もあるけれど。夜の塩那峠に来て大輝に平手打ちしたのは今でも伝説だ。
「何か仕事が忙しいみたいで、ここ最近会ってませんけど…でもたまにメールくれるから大丈夫です」
小さくはにかむ彼女は幸せそうで、二人が上手く行っている事に内心ホッと安堵する。大輝も懲りたらしい。
「おう咲良、もう来てたのか」
「あ、こんにちは社長」
「チェック終わったぞ。持ってけ」
「はーい」
しばらく二人で話してると、奥から社長が姿を現した。社長の言葉に咲良ちゃんは嬉々として店の裏手に回る。説明はたぶん社長がしてくれるだろうから俺は後片付けの方に入った。
「…あれ、酒井さんだけすか?」
台拭きでテーブルを拭いてると、再びドアが開く。恐らく仕事帰りなのだろう大輝が店の中を見回した。まったく今日は平日だと言うのに来客の多い日である。
「お疲れ様、大輝。咲良ちゃんなら社長と一緒に裏に居るよ?」
「マジすか?何かいつもすいません。酒井さんの専門外だってのに」
「いや、構わないよ」
レガシィB4は、国産メーカーで唯一スバルが生産しているボクサーエンジン…いわゆる「水平対向エンジン」を搭載した車だ。慣れないため普段扱ってるエンジンよりも整備しにくいが、それでも勉強になるし面白いから苦じゃない。
「直接ディーラーに持ってけっていつも言ってるんですけどね…」
「まぁ、別に良いじゃないか」
咲良ちゃんは大切なお客様だからそれはそれで困る。それにあんな派手にチューニングした車だと、ディーラーの整備士だって困るに違いない。…まぁ大輝の場合、本音は別の所にあるだろうけど。
「素直に言えば良いだろ?俺と咲良ちゃんが親しくするのが嫌だ、って」
「なっ……?!」
「あ、大輝が来てる」
大輝は咲良ちゃんがどんなにせがんでも東堂塾に彼女を連れてこない。それはたぶん恥ずかしいと言う羞恥心からで、また他の人間に咲良ちゃんを見せたくないと言う彼の意地だ。
「…お前な、何で先に行くんだよ」
「待てなかったんだもん。それより私のレガシィ凄くなったんだよ?今からシェイクダウン行こ、大輝」
「今からって、おい咲良!」
可愛いマスコットのキーホルダーに通したキーを揺らし、大輝の腕を引いて店を出て行く。「気ィ付けて行って来いや」と奥から声を掛ける社長と俺に頭を下げて、二人は姿を消した。すぐにEK9とレガシィのエンジン音が耳に届く。
「…ほんと、大輝と咲良ちゃんの二人が来ると嵐みたいですよね」
「あんまからかってやるなや」
社長の言葉に苦笑しながら、店の裏に停めてあるインテグラの元へ向かった。今日は少し弄って帰る予定だったけど後で峠に行ってみよう。大輝はどんな顔をするだろうか。
「にしても暑いな」
夏の太陽が照り付ける八月の昼過ぎ。東堂商会は、今日も平和だ。
いつまでも目映い程の軌跡
(まだ眠らない世界に物語を乞う)
―――――
酒井さんは世話焼きだと思う。
でも大輝とかには少し意地悪そう。
一応、大輝夢なのです。
title:カカリア
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