main | ナノ
※シリアス・暗





「あぁ、わらわの可愛い竺丸…」


ただ、羨ましかった。生まれてからずっと母の寵愛を受けてきた弟。


「寄るでない、穢らわしい化け物め」


幼いあの日に病を患い、右目と共に母の温もりも失った俺。ただ少し欠けているだけなのに、認められない。その視界に入る事すら俺の罪とでも言う風に。


「政宗、わらわと小次郎からそなたへの餞別の品じゃ。受けられよ」


差し出された紅の盃に、柄にも無く心は踊り。小十郎が止める声も聞かずに注がれた酒を一気に流し込んだ。途端に感じる舌の痺れ。毒、浮かんだ一文字に手にした盃は虚しく音を立て落ちる。胸が焼けるように痛かった。


「政宗様!」
「は、はう…え…」



痛い、苦しい、助けて。そんな思いで目の前に立つ母を見上げ手を伸ばす。捉えたあの人はこんな時も美しい。


「わらわに触れるでない!」


そう叫び扇で叩き落とした。そしてまるで苦しむ俺を嘲るかのように笑い見下ろし。死ねと言われている。彼女の人生に俺は必要ないと。…何かが切れた。


「てめェ、俺を殺そうとしたな?伊達家当主であるこの俺を」
「あ、兄上!止めて下さい!」
「止めるのじゃ政宗!乱心したか?!今すぐその手を離すのだ!」
「Shut up!アンタは引っ込んでろ」



縋り付く母の腕を振り払い、脇に置いてあった刀を引き抜いてその切っ先を弟の鼻先に突き付ける。



「サヨナラ、だ。…小次郎」



それは聞いた事が無いくらい、自分でも驚くほど冷えた声だった。振り下ろす刀も泣き叫ぶ母も、俺の名を呼ぶ小十郎さえ。全てがゆっくりと過ぎ去り、やがて俺の世界は紅一色で染め上げられる。戦場の、死の臭いがした。


「小次郎…?小次郎…!」
「は…ははっ、は…」
「おのれ、よくも小次郎を!」



…後の事は、記憶に無い。ただ憎悪に揺れる母の瞳と、紅に沈む小次郎、哀しそうな小十郎の顔は覚えてる。



「政宗様…」



ふと俺を優しく呼ぶ声が聞こえた。下げていた視線を上げれば、そこには部下の遥が座っていた。その顔に浮かべられた柔らかな笑みに全身の力が抜ける。たぶん小十郎の頼みだ。


「具合はいかがですか?」
「あぁ、だいぶマシになった」


普段から毒に対する耐性を付けるために訓練をしていた事が幸いし、毒消しの薬を飲めばすぐに体は楽になった。毒なんて今更珍しくもない。むしろ俺が右目を失った直後の方が酷かったのだから。


「ほんと…今更だよな」


分かっていたはずなのに。あの母は俺を快く思ってない。むしろ疎み、俺が消える事を願っている。…それでも。



「なぁ、遥。俺は間違ってるのか」



かつて抱き締められたあの腕を、あの温もりを、あの優しさを欲する事は本当に俺の罪なのか?小次郎のように慈しみを持って名を呼ばれたいと願う俺は浅はかなのか?伸ばした腕はいつも虚しく空を切ってばかりの宙ぶらりん。


「政宗様…」
「ほんの少しで良い」


俺を見て、俺を感じて。…傍に居て。


「……政宗様」
「っ!!」
「遥がここに居ます」


不意に全身を温もりが包んだ。仄かに香るのは淡い花の匂い。まるで赤子を抱くかのように優しいそれに、弱り切った心が揺さぶられた。


「遥だけではありません。小十郎様も成実様も綱元様も、伊達の兵士も…。みな政宗様をお慕いしております」


並べ立てられた名前に、いつも傍に居てくれた彼らの顔が浮かんでは消える。俺は今、何を考えていた?沈んでいた気持ちが徐々に浮かび上がってくる。


「だからそのように悲しい顔をしないで下さい。独りにならないで下さい」
「I see、分かったよ…」


ぎゅうと遥の背に腕を回し、与えられる温もりを噛み締めた。たぶんこの胸の渇きが潤される事は一生ないのだろう。でも、それでも。俺には幼い頃から傍に居た小十郎や従兄弟の成実、綱元に伊達軍の兵士たちが居る。何より今こうして遥が抱き締めてくれる。それで十分だ。



「Thanks、遥…もう少し」



もう少しだけ、この腕の中に。その甘美な温もりで俺を包み込んでくれ。


さよならメリークライ
(そうしてやっと明日が見れたんだ)



―――――
初の筆頭夢なのに暗い。
そんでもってヘタレのエセ筆頭。
寂しがり屋だと良いと思う。
(補足→夢主は伊達の女武将です)

title:アンシャンティ

戻る