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末次トオル+
※友情、チームメイト
すっかり紅葉も散り、徐々に冬の様相を呈してきたもみじライン。雪が積もればFRのロードスターでは些か走るのも大変だろう。ウインカーを点灯させ、いつもの溜まり場である駐車場へロードスターのハンドルを切る。
「お、咲良来てんのか…」
ネオグリーンのボディにタンカラーの幌と内装、NA6CE・Vスペシャルと呼ばれる特別モデルだ。元よりブリティッシュライクな雰囲気を持っていたロードスターが、更にその色味を強く増す。そしてそんな特徴的な車に乗っているのはセブンスターリーフでもただ一人だけだ。
「あれ、トオルじゃん」
「よお咲良、走りに来てたのか」
「さっき来たばっかだけど」
自販機の前でにらめっこしていた咲良は振り返り笑う。――咲良は奈保を通して知り合ったロードスター仲間だ。今ではチームメイトだけれど。
「ブラックで良かったよね?」
「ん?…あぁ、わりィな」
小銭を入れ、ホットのコーナーに並べられたコーヒーのボタンを押した。一拍置いて、無愛想なガコンと言う音が静かな駐車場に響く。渡された缶の温かさに冷えていた指先がじわりと熱を帯びた。
「…わ、あったかい」
「当たり前だろ、ホットなんだから」
「そう言う問題じゃないの!」
ココアの缶に頬を寄せ、そんな事を一人呟く。奈保とはちょっと違うタイプの咲良は妹を見ているようで可愛い。そういや普段は奈保以外の女は絶対乗せないナビシートに乗せた事もあったっけ。今度は俺が苦笑しながらコーヒーのプルタブを起こした。咲良もそれに倣って何度か缶を振り開ける。
「…もうすぐ冬だね。そろそろスタッドレスに履き替えさせないと」
「ま、いつまでも夏用じゃな…」
非力なロードスターに乗っている俺も咲良も、ダウンヒルが専門だ。これからの季節も走る事を考えると夏用タイヤでは色々危険すぎる。とは言え1セットで良いお値段のそれは財布に痛かった。
「あ、また奈保に借金しようとか考えてるんでしょ?トオルは…」
「ばっ、そんなんじゃねえって!」
「ほーんとダメ男なんだから」
どうやらつい最近も、ロードスターの事で喧嘩になったのが筒抜けらしい。奈保のおしゃべりも考え物だな。
「つうか、咲良も人の事言えねえよ。せめてロールバーくらい着けろよな、峠は危ないんだから」
彼女だって金が無いと言って安全装備を怠っている。一応着脱式ハードトップもあるが重量も重く一人では無理だ。最もこの時期の咲良は峠を攻める事よりも日常のオープン走行を楽しむ事に重点を置いているのだけれど。
「もー、はぐらかさないでよ。てか奈保も奈保だよね。何でトオルみたいな男にハマっちゃったんだか…」
「お前な、仮にも大切な友達の彼氏だぞ俺は。そこまで言うかよ、普通」
「うるさいわね。トオルが奈保泣かせるのが悪いんでしょ!」
――女ってのは彼氏以外の男に対する風当たりが厳しい。特に女を泣かせる奴に対しては。少し肩身が狭くなる。
「付き合って6年だっけ?と言う事は少なからず結婚も考えてるんでしょ」
「……まぁ、そりゃな」
「少しは真剣に考えないと」
奈保に嫌われちゃうよ、と咲良は溜め息を吐いた。奈保の事は大切だし、俺には勿体ないくらいの良い女だとも思う。車の事で喧嘩はするが何だかんだで俺の好きにさせてくれた。
「あと少しでクリスマスだけど、ちゃんと準備してる?プレゼントは?…トオルは、奈保に甘えすぎだよ」
そう言われれば返す言葉も無くなる。思い当たる節はいくつもあった。この前の奈保の誕生日も、プレゼントは結局一ヶ月遅れになったっけ。いつもの事だからもはや奈保は何も言わなかった。もう諦めてしまってるのだろう。
「…分かったよ。タイヤの事は何とかするし、プレゼントも用意する」
「借金は駄目だからね」
「あーもう、分かってるっつの!」
「よし、なら許したげる!」
薄給のサラリーマンにはキツいけど、たまには大切にしてやらないと。予定していたパーツ購入を延期すれば無理な事はない。そう思いながら頷けばにっこりと笑みを浮かべた。
「…あっ、お礼はチロルチョコのミルク味を一箱で良いから」
「は?チロルって、そりゃクリスマスプレゼント寄越せって意味か?」
「良いでしょ。私のお陰で奈保の幸せな笑顔が見れるんだから」
「ほんっと咲良って抜け目ねえな」
無遠慮な物言いと強気な態度に時々イラっとくる事もあるけれど、その後に見せる無邪気な笑顔に全てどうでもよくなってしまう。まるで昔からそこにあるかのように心の隙間にすとんと咲良は落ち着くのだ。奈保とはまた違う安心感。
「…うっし、今から走るか。咲良は明日休みだろ?付き合えよな」
「えー、幌は危険じゃん。トランクにはテンパータイヤ乗ってるし…」
「んなの知るかよ」
運転席に腰を下ろし、ベルトを留める背中に「横暴だ!」と吠える咲良の声が聞こえて、くすりと笑みが漏れた。間もなくネオグリーンのロードスターからドアの閉まる音が聞こえる。
「咲良…」
ブリティッシュグリーンのボディに、闇を照らす丸型のヘッドライト。どこか愛くるしさを感じさせるロードスターは咲良自身のようだ。
「負けた方がファミレス奢りな」
「は?聞いてないって」
「よし、そろせろ出るぜ!」
ギアをローに入れ、ペダルをぐっと踏み付けてアクセルを開ける。クラシックレッドのロードスターは勢い良く富士見台駐車場からいつもの走り慣れた道へ飛び出した。深夜のもみじラインに、二台のB6エンジンの音が小気味よく響く。
――いつまでもこんな関係が続けば良いと、ステアリングを握った。
祈りを孕んだ沈丁花
(唇から零れる泡を塞ぐように)
―――――
末次トオルで友情夢です。
見てるとほんっとだめんずだよね!
でも奈保さん一筋な彼が好き。
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