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小柏カイ×






大学の図書館って言うのは、そこらの市立図書館なんかよりもよっぽど充実してたりする。勉強に必要な専門書はもちろん、漫画や雑誌、果てはCDや話題の映画のビデオまで見れたりするのだ。今度のレポート作成に必要な本と自動車専門誌を棚から引っ張り出し、上の階の読書スペースで待つ咲良の隣へ腰を下ろす。


「鏡よ鏡。この世界で一番美しいのは誰だ?すると鏡はこう答えました」
「咲良、またそれ読んでんのか?」
「あ、カイ!お帰りなさい」


呆れた声を掛ければ、パッと顔を上げて笑った。特に課題に手を付ける訳でもない俺は取ってきた雑誌を広げる。お、今月は国内レースの特集か。


「ほんと、よく飽きねえよな」
「だって楽しいもん」
「…いい加減卒業しろよ」


咲良が読んでいるのは、古い童話が描かれた絵本。こんな物までうちの大学の図書館には置いてある。いやむしろこの絵本のためにここへ入学したらしい。


「だって素敵じゃない…!」


白馬に乗った王子様!なんて瞳をキラキラ輝かせる俺の彼女はちょっと――いやかなり、少女趣味。


「白馬の王子様、って…んなの今どき幼稚園児だって憧れねえぞ」
「…そんなの別に良いじゃない」


カイの意地悪、と頬を膨らませる。ほんのり赤いそれはさしずめ、白雪姫が食べた魅惑の毒リンゴと言ったところだろうか。もちろんおとぎ話なんて物に興味の無い俺は、いつもそう言った絵本を読み耽る咲良のお陰で知識も付く。


「あーあ。良いな、王子様…私の所にも迎えに来てくれないかな?」
「…来るわけねえだろ、んなモン」


咲良が溢した言葉に、ぽつり呟いた。でも彼女には聞こえて無かったらしく再び絵本の世界へと没頭する。本当に大好きらしい。俺はその姿にはぁと溜め息を一つ吐くと、広げていた雑誌に目を落として記事を読んだ。





「――…もうこんな時間かよ」


雑誌を読み始めてしばらく。ふと目を上げると時計の短針は6を指していた。窓の外は茜色に染まる。


「帰るぞ咲良、送ってやるから」


財布から学生証と車のキーを取り出しながら、傍らの咲良に声を掛けた。咲良と付き合い始めてから、彼女を帰りに送るのは俺の役目になってる。最近物騒だしその方が安心だ。


「聞いてんのか…って」


一向に返事は無い。まだ絵本に夢中なのかと思い振り返れば…思わず呆れる。


「静かだと思えば寝てんのかよ」


両手で大事そうに絵本を抱き締め穏やかに寝息をたてる咲良。窓から射し込む茜色の光が、彼女の白い肌をオレンジ色に染めていた。睫毛長いなとか、前髪伸びたななんて思いながら思わずじっと見つめる。二人だけの空間だ。


「…呑気なヤツ」


どこもかしこも本当に隙だらけ。見てて危なっかしくて、だから全然目が離せなくて。俺は、焦ってるのかもしれない。


「白馬の王子様、か…」


足元に置かれている、最初に咲良が読んでいた絵本を取りパラパラ捲る。最後のページ、王子様のキスで目覚める白雪姫が目に入った。ありふれた、よくあるおとぎ話の1ページ。


「チッ」


気に入らない。おとぎ話の王子様も、それを好きだと言う咲良も。



「居もしないような奴にばっか、夢中になってんじゃねえよ。馬鹿咲良…」



さらりと頬にかかる髪を退け、手を添えてそっと口付ける。その唇は温かく、そして柔らかい。ここは夢の世界では無いと証明するようだった。でも咲良は目を閉じたまま。


「…はぁ、やっぱ無理か」


何やってんだかと、隣にどかりと腰を下ろして一人溜め息を吐いた。ふと隣に目をやれば、すうすうと未だ静かに眠り続ける咲良に思わずまた、溜め息。


「今日、親父がメシ作んねえかな…」


一体いつ起きるか分かんねえし。そんな事を思いながら、俺はしばらく咲良の寝顔を静かに眺め続けていた。


束縛も愛情のうちなら、
(引き際さえ誤らなければ問題ない)



―――――
夢見る少女と小柏カイ。
実際こんな女子大生居ないと思う。
振り回され嫉妬してれば良い。

title:アンシャンティ

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