「コビー、これ持ってけ」


そう言ってガープさんに差し出された書類の束を手に部屋を出た。グラウンドでは他の部隊が訓練をしているのか、廊下に出れば大きな声が聞こえる。ふと目を下の中庭に向けた。


「あそこに居るのは…マリア中将?」


中庭に設けられた休憩所、そこに置かれた椅子に腰掛ける銀髪の女性。


「…あら、コビーじゃない」
「マリア中将…」


足音が聞こえたのか、近付く気配を察していたのか…あるいはその両方か。とにかく、マリア中将の姿を見かけて声をかけずにいられなかった。


「ガープさんのお使い?」
「お使いと言うか、まぁ…はい」
「そう」


ご苦労さま。彼女はそう言って手にしていた煙草に口をつける。淡くピンクに色付く唇の間から紫煙が吐き出される様子は、何だか不思議な感じがした。酷く不釣り合いだと、心の何処かが訴える。


「………あの」
「コビーは、何で海軍に居るの?」
「え?」
「海軍は楽しい?」


僕の言葉を遮り、不意にマリア中将はそんな事を聞いてきた。彼女の顔を見てもそこから真意は読み取れない。


「楽しいかって聞かれると少し答えづらいんですけど、夢、でしたから」


そう、海兵は昔からの僕の夢。だからきつい訓練や地味なデスクワークにも耐える事が出来る。この全てを乗り越えられないと、きっと自分が目指す大将になんてなれないだろうから。ここはまだ僕の夢の途中で立ち止まる事は出来ない。彼女の方に目を向ける。


「コビーは、真面目なのね」


―――マリア中将は笑っていた


「マリア中将は、何故…」


――でも、



「ここでしか、生きられないのよ」



それはとても寂しそうな笑みだった。青の瞳を覗き込む。美しい色を称えるその奥で、揺れる深淵を見た。


「…生きられない?」
「ここは私のあらゆる全てを覆い隠してくれる。私が私でなくなる…でも、マリアが普通の人間でいられる場所」


こんな彼女は初めて見る。もしかしたら僕が知らないだけで、本来のマリア中将は僕が思うよりもずっと脆い人かもしれない。だって今の彼女は心ここにあらずで一瞬でも瞬きすれば見失いそう。ガープ中将やクザン大将はこんな彼女を知っているのだろうか。


「私は夢の中を生きるヒトなのよ」
「マリア中将…僕、は」
「だからコビー、あなたはとにかく働きなさい。働いて働いて働いて…夢の中の私なんて知らなければ良いわ」


――マリアだけ、見ていれば良い

持ち上げた手が頬から首へと、肌を撫でて行く。それは、僕には本当のマリア中将を知る権利は無いと言う事なのだろうか。心に触れる事は許さないと。


「マリア、中将…」
「…つまりね、こんな所で油売ってないで仕事に戻りなさいって事」
「あだっ!」


刹那、額に鋭い痛みが走った。見ればマリア中将は「してやったり」と言う悪戯な笑みを浮かべている。…要はデコピンをされたのだった。


「ガープさんのお使いなんでしょ?早くしないと、拳骨が待ってるわよ」
「え?…あ、あぁっ!」


彼女の言葉に、未だ腕の中にある書類の束の存在を思い出す。どのくらいの時間をここで費やしたのだろうか。すっかり慌てきった僕の様子に、マリア中将はクスクスと一人笑いをこぼす。


「ほら、早く行って来なさい」
「し、失礼します!マリア中将!」


わたわたしていれば、まるで犬でも追い払うように手を振られた。本当は敬礼をしないと駄目だがマリア中将の好意で急ぎ来た道を戻る。早く提出しないと!



「…眩しすぎるのよ、あなたは。私の汚い所まで丸見えじゃないの」



巡り廻ってサファイアは君の心に辿り着く



―――――
時系列は本編30話の後。
コビーは純粋で夢主の対局にある人。
夢主は少し弱ってるのかな?

(title:カカリア)

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