気まぐれな正義、いつだったか海兵たちが彼女を指してそう言っていたのを思い出す。誰がそれを言い始めたのかは俺も知らない。ただ気付けばそのあまりにも身勝手な正義は俺たちの間で広がっていたのだ。そして今日も彼女の「気まぐれ」は海軍本部内を席巻する。
「左遷されたんだってな」
呟いた言葉に、耳触りの良いヒールの音が目の前で止んだ。ついでに煙草の香りが鼻を刺す。コートの裾に赤より鮮やかな紅がちらついた。
「…いや、その前に准将への昇格を祝ってやるべきだったか?」
「それは私への皮肉かしら?」
生け捕りの命令が出ていた海賊を皆殺し。自分が言えた義理じゃないがこれは立派な命令違反だろう。噂はすでに広まっている。
「必要な情報は聞き出した。インペルダウンに行けばどうせそのうち死ぬんだし、何の問題が?」
死ぬのが少し早くなっただけ。マリアはそう笑った。
「拷問の命令は出てねェはずだ。海賊に同情するつもりは無いがお前のはやりすぎだ。…奴らはお前の憂さ晴らしの玩具じゃねえんだぞ」
生か死か、マリアと出会った海賊の運命はこいつの気分次第だ。機嫌が良ければ見逃してもらえるし、今日みたいに運が悪けりゃ有無を言わさずあの世逝きになる。そして今日は拷問の果ての死、よっぽどマリアの機嫌が悪かったようだ。
「ちょっと指を切り落としてあげただけじゃない。何をそんなに怒ってるのよスモーカー?」
「そりゃこっちの台詞だ」
思わず溜め息を吐く。これじゃそろそろセンゴク元帥の我慢も限界って事だ。だからマリアはグランドラインから放り出されたのだろう。
「…ねぇ、スモーカー」
「なんだ?」
ふと、彼女の声のトーンが違う物に変わった。コツリとヒールの音が響いて窓へ足を向かわせる。白銀が光に煌めいて揺れた。
「私は私が知る限り、人として最低の生き方をしてきたと思ってる。人間とも呼べない底辺を這いつくばって、他人を弄んで。私という人間を客観的に評価するなら、マイナスしか付かない自信があるわ」
「あァ、確かにな…」
「フフッ、随分と正直なのね」
フォローくらいしてよ、と彼女は笑うが面倒臭い。それに本人も認めているのだから良いだろう。
「スモーカー、あなたのそんな正直な所が好きよ?…でもね、私は高い所から偉そうに物を言われるのが何よりも大嫌いなの」
あぁ、それでマリアは機嫌が悪かったのか。彼女は時折今のように自分を卑下する節があるが、それを他人から向けられる事を極端に嫌っていた。彼女に残るプライドが許さないのだろう。そして誰かが彼女の怒りの琴線に触れてしまったのだ。
「スモーカー」
コツン、マリアが振り返って俺に近付いてくる。もうほとんど残っていない煙草を手に持って目の前に立った。甘く香水が香る。
「私みたいな女、嫌い?」
「好きではねェな」
「私もよ、気が合うわね…」
「…っ?!」
そう笑って。彼女は手にしていた煙草を左手の甲に押し付けた。激しい痛みに襲われ、咄嗟に左手を引っ込める。ギッとマリアを睨んだ。
「てめェ…!」
「ねぇ、キスして?」
そこにあるのは支配を渇望する青の瞳と極上の甘い笑みだけ。
焼け付く吐息呑み込めば溶けて私の一部となろう
(噛み付くように激しい口付けを)
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夢主の正義について。
それと支部に飛ばされた話。
(title:風雅)
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