変わらない日々










雪の独特な匂いが鼻をかすめる。空は晴れ渡り、雲が穏やかに流れていく。視覚的にも感覚的にも感じるものは、紛れもなく冬だ。眼下に臨む公園に視線を向けると、同じ制服を着た5歳くらいの子どもたちが、凍えるような寒さにも関わらず元気よく走り回っている。きっと幼稚園児の散歩だろう。園児の頭上には立派な大木がいくつも腕を伸ばしていて、その木はもうすっかり枯れ、落ち葉の絨毯の上に堂々とそびえ立ち、人々を見守っているように見えた。冷たい風に舞う粉雪が目の前を通過し、アスファルトの上に着地した。そこを容赦なく走り抜けていく車に、思わず苦笑いが漏れる。




「冬だねい・・・」




冬の昼前は照らす日が心地よく、さっき起きたばかりだというのに、また眠気が誘う。暖かいとはいってもやはり冬。時折吹き抜ける強い風は身震いするほど冷たく、降り始めた雪はまた天へと吹き上げられてしまう。どうせならこの心の奥にずっと居座っている、輪郭のはっきりしない感情もさらっていってくれれば―――。幾度となく思った願いは、叶うはずもなく。




よく友人が言った。
人生、山あり谷あり。享楽にふけっていたら、いつか痛い目にあうときがくる。ただ、神様はそんなに残虐じゃない。苦しみの次は喜びを与えてくれるだろう。
その言葉を胸に、あるはずもない奇跡を願ってはそんな自分を自嘲して、その繰り返しで毎日を生きてきた。あの日から早2年。木々は8回もの季節の移り変わりを教えてくれた。にもかかわらずこの変わることない気持ちは、いつしか自らを感情の海に沈める足枷になっていた。




「冬の訪れを告げる初雪が―――」




部屋に戻ってテレビをつけると、行楽シーズンに浮き足立つ人々が雪の舞う並木道を歩いていたり、カップルがベンチで肩を寄せあう様子が写し出された。キラキラと輝く人々の笑顔から部屋に意識を戻すと、殺風景な内装に嫌気がさす。あれだけ好きだったソファーも、甘いものまみれだった冷蔵庫も、眠れないからと秒針を無音のものにした壁掛け時計も、今となってはただの悲しみの塊でしかない。
いっそのこと引っ越そうか。何度も頭をよぎった考えを行動に移せないのは、きっと奴が邪魔をしているからで。




奴、名前の存在が何よりもの足枷であり、重たい感情の原因なのだろう。もう目につくものはすべて処分したし、アルバムだってもう押し入れの一番奥に突っ込んだ。ただ唯一消せないのは俺の中の名前。記憶の中の名前はずっと俺に笑いかけていて、苦しそうな顔なんてまったく見せない。それはまるであの頃みたいに鮮明で、くっきりと瞼の裏に焼き付いていた。



しかもそれは色彩や形だけじゃなく、感覚にも深く跡を残していて。姿が見えなくても、声が聞こえなくても、抱き締めた時のぬくもりははっきりと覚えていた。あの華奢な肩とか細い腕とか、ふわふわの髪の毛とか、名前のアイデンティティーなんて名前を見たまんま、触れたまんまなんだなあと今さら思う。




「そろそろ・・・決心つけねェと・・・」




それから、もう一つ、俺を苦しめているものは、ぼろぼろのケータイの中に形を変えずずっと存在している、名前のアドレスと電話番号。もう使われていないと分かっていても、どうしても消去できないでいる。アドレスには俺と名前のイニシャルが入れられていて、愛されてたなあ、なんてしみじみ思う。時々無意味に空メールを送ると、毎回毎回律儀に即レスしてくる携帯会社。電話をかけると、綺麗な声の女と話ができる。他にも登録情報はいろいろで、誕生日とか住所とか、何もかもが重い。でも、消すことが出来ないのだ。




「・・・そんな自己主張しなくても分かってるよい・・・」




不意に見上げたシンプルなカレンダー。指し示す本日の日にち。ゴシック体で並べられた見やすい黒の数字と曜日の中で、“今日”だけがやけに目立って、俺の目には飛び込んできた。お前のためにわざわざ仕事休んでやったのに、と一人、冷たい紙に向かって愚痴を吐くと、どういうわけだか馬鹿になった俺には、名前が何か答えたような気がした。




今日は名前の命日だ。










変わらない日々



(忘れたことなんかないさ、一瞬も)







continue...





20111101


前々からやりたいと思ってた続き物!裏話はブログにて!





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