小説(短編) | ナノ
ご乗車の際は波打ち際まで(シャンクス/ 男受主)








ログを溜めるために滞在した通過点のある島の酒場で、俺は面白い少年と出会った。出会った酒場は子どもが立ち入れそうもないくらい、俺たち海賊や盗賊、犯罪者で溢れかえるような無法地帯だった。最初のうちは娼婦の息子か何かで、体で稼ぐことを良しとしてしまった可哀想な子どもだろうと思っていたのだが、見ているとどうやらそうではないらしい。テーブルには古ぼけた分厚い本と紙の束、それから少年には到底扱うのは難しそうなゴツい銃が無造作に広げられていた。隅っこの席をまるで住み処にしているように、毎晩その酒場の同じテーブルに少年は現れた。興味を持ったのは彼を見つけてからおおよそ1週間が経った頃だろうか。俺もほぼ毎日、情報収集をかねてベンとその酒場に通っていた。日によってころころと変わる客。中には有名な賞金首もいる。そんな中、威圧感を放つそいつらに物怖じもせず、ぽつんと一人座っている少年。他の奴らには彼がみえていないのかと疑いたくなるくらい、誰にも見向きもされていない。だが、俺にとっては明らかに存在感を放つ少年が
、気になって仕方がなかったのだ。



「ちょっといいか?」



質問でもするフリをして、隣に腰を下ろす。少年は一度こっちを見ると、すぐに目の前の本に視線を戻し、しかしまたすぐにもう一度俺を見た。俺を二度見した少年はみるみるうちに瞳を潤ませて、口をパクパクと魚みたいに動かした。驚かしたのなら申し訳ないなと思い、自己紹介が先だな、と苦笑いを溢すと、少年はものすごい勢いで片方しかない俺の手を両手で掴み、お会いできて光栄です!赤髪のシャンクスさんですよね!と上下に大きく振った。今度は俺が驚く番だった。俺はある意味有名人だが、俺を追いかけるのはファンとかじゃなく海軍だけだと理解していたからだ。
不意にテーブルに広げられた紙を見ると、若い頃の自分がいた。薄く日焼けした紙はすべて手配書だったのだ。そして分厚い本は到底俺たちが読み解けそうもない、司法の本。



「将来は海軍か」



海賊の俺が言うのもおかしな話だが、こんな時間まで勉強とは感心だなァ、と誉めてやると、少年は怒ったように頬を膨らませ、違いますよぅ、と眉をひそめた。僕は海賊になりたいんです。少年は俺の手を離すと、目の前でワイワイと酒を酌み交わす海賊たちを憧れの視線で見ながら言った。
この海を制覇するような大海賊になって、素敵な仲間をたくさん集めて、世界中の海を回るんです。そう夢を語る少年の目はキラキラと輝いていて、俺にはそれが何かの宝石のように見えた。少年ははっとしたように俺に向き直ると、椅子の上に正座をした。驚いて俺がどうしたんだ、と尋ねるも、少年はそんなこと無視して、膝の上にのせた拳をぎゅっと握りしめた。



『僕を貴方の弟子にしてください!』



唐突すぎるお願いに、まだ名前も聞いてないのに、と俺が言葉を詰まらせると、少年は背筋をさらにぴんと伸ばし、すみません!と謝った後、ファーストネームです!と自己紹介を済ませた。しかし、自己紹介をしたからと言って、じゃあ俺の船に乗れとは言えない。相手はまだ10歳ほどの子どもだ。以前、ルフィにも同じようなことを頼まれたことがあるが、その時も断った。その代わり、彼には“大切なもの”を預けてきたわけだが。
僕は司法の勉強をしています!だから貴方たちが海軍に捕まりそうになったら逃がしてあげることもできます!ほら!こんなに勉強したんですよ!
何を根拠に逃がしてあげることが出来るのかは知らないが、ファーストネームは分厚い本を俺の前まで引きずると、ペンでチェックされて、付箋がたくさん張られているぼろぼろのページをペラペラとめくってみせた。でもこれだけじゃあなぁ、と返答を濁す俺に、ファーストネームは急に椅子の上に立ち上がると、喧嘩だってできます!なんなら今からでも…!とファイティングポーズをとりだした。



―――「おれのパンチはピストルみたいに――――



懐かしい記憶が蘇る。でも俺にはこんな夢をいっぱい持ってる子どもを、毎日命懸けの海へ連れ出すことなんか出来なかった。俺には彼の夢を根絶やしにしてやることなんか出来なかった。夢を試させてやることも。今だってそうだ。確かな可能性を感じているから、だからこそ。



「女の次はガキか?」



聞きなれた声に、ふ、と感傷から引き戻された。声の方を見ると、そこには呆れた顔でたばこをふかすベンの姿が。腰に手をあててため息を吐くベンに、ファーストネームは俺の時と同じように飛び付くと、貴方は赤髪海賊団を支える頭脳明晰な副船長!と興奮しながら握手を求めた。ベンもキョトンとしてされるがままに手を握られている。聞いていると、ベンにも同じように、船に乗せてください、と頼んでいるようだ。俺がベンに目配せをして苦笑いを浮かべると、彼も同じように苦笑いでファーストネームの頭をぽんぽんと撫で、自分から引き剥がした。
さあ、行こう。ベンの声に促され、俺は軽く相槌をうった後、立ち上がった。ファーストネームはまだ足元でワァワァと騒いでいる。ファーストネームのことは無視するように出口へと足を進めると、不意に手を掴まれた。



『僕を海賊にしてください!』



必死な表情で頼み込んでくるファーストネーム。しかし、俺たちが行く海は本当に危険ばかり。可能性のある子どもをそんな危険にさらすことは出来ないのだ。俺は優しく微笑んで頭をぐしゃぐしゃと撫でると、じゃあな、と一言かけ、また出口へと歩いた。前ではベンが振り替えって俺を待っている。ファーストネームの足音が止まった。心苦しく思いながらも、俺は真っ暗な夜の路地に足を踏み出した。





















「荷物は全部積み込んだか!?」



クルーが食材や武器など、いろいろ買い込んだものを船に搬入する作業を終えたらしい。港にはもう荷物は見当たらない。重役達から準備が整ったと報告があった。あとは、俺が碇を上げさせるだけ。枷を失った船は沖へと流れていく。周りを自分の目でも確認すると、俺は近くのヤソップに碇を上げろと命じるために、港に背を向けた。その時だった。



『シャンクスさん!!!』



ソプラノの音声が波の音を割って聞こえてきた。驚いて勢いよくそちらを振り向くと、予想通りそこに立っていたファーストネームは、息を切らして膝に手をついていた。街から漏れる僅かな明かりに照らされたその小さな体は、見間違いじゃなければさっき会った時よりどろどろで、傷だらけだった。慌てて船を降りて側まで駆け寄ると、やはりファーストネームはぼろぼろだった。いったい何があったんだ、としゃがみこんで肩を撫でると、ぜぇぜぇと息を上げたファーストネームは、ポケットからキラキラと輝きを放つ宝石のついた指輪を取りだし、これ、と俺に差し出した。わずかに笑顔をうかべるファーストネーム。盗ってきたのか・・・?という俺の質問に唾を飲みながら頷いたファーストネームは、俺の胸にそれを押し付けながら、ポロポロと涙を流した。



『僕、盗みだって喧嘩だってできます!迷惑なんかかけません!だから・・・!だから、僕を仲間にしてください!』



大粒の涙を溢すファーストネームは袖で目元をごしごしと擦りながら、ひとりぼっちはもう嫌だ、と掠れた震える声で呟いた。俺はその時、ファーストネームが毎晩一人で酒場にいた理由がやっとわかった。ファーストネームには家族がいなかったのだ。誰かから譲り受けた古ぼけた司法の本、店内のものを剥がしたのであろう手配書、拾ったか奪ったかは分からないが、自分には全く合っていない銃が、その証明だった。おおかた、毎晩酒場に集う海賊や盗賊だとかっていう仲間意識の強い連中に憧れ、今日のように仲間にしてくれと頼む機会を見計らっていたのであろう。
辛かったな。そう労いの言葉をかけると、俺はそっとファーストネームの後頭部に手を回し、そのまま自分の方に引き寄せた。掴んだ頭を胸に押し付けると、最初は戸惑った様子のファーストネームだったが、すぐ背中に手を回してきて、ぎゅっと力を込めた。



「一緒に行こう、海へ」











ご乗車の際は波打ち際まで



(もう一人になんかしない、ずっと一緒にいよう)










fin





20111229

最初、タイトルは“私を海へ連れてって”でした
ネーミングセンスwwww






[list][bkm]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -