小説(短編) | ナノ
特別課外授業(マルコ/男受主)










俺は高校教師だ。俺が担任を持つクラスには、ちょっと変わった奴がいる。見た目は普通の男子生徒で、顔は童顔。背は少し低めで女子の間では“おしゃれさん”なんて呼ばれている、いわゆる人気者。勉強も別段出来ないというわけでも出来るというわけでもなく、部活動もやってない。そんな、はたから見ればちょっと探せばどこにでもいそうな男子高校生の彼が、俺にとっては特殊・・・いや、俺に対して特殊だと言った方がいいのだろうか。
そんな生徒、ファーストネームの日課は、朝の待ち伏せだ。待ち伏せられるのは、他でもない、俺。



『おはよ、先生』



職員室がよく見える中庭のベンチに座って、奴はよく俺を待っている。寒い冬でも暑い夏でもおかまいなしにだ。それから職員室内までぴったりと後をついてきて、まるで母親の帰りを遅くまで一人で待っていた子供のように、楽しそうにいろんな話をする。昨日のテレビ番組の話だとか、兄弟と喧嘩したときの話だとか、本当に他愛もない話だ。
それからも、俺に対する彼の特殊な行動はまだ続く。授業と授業の合間の短い休みにも、ファーストネームは職員室に遊びにくる。




『先生ってさ、なんで先生になったの?』



小学生低学年の子供がする質問じゃないか、それは。自分の机で授業の用意を着々と進める俺は、憧れだったから、と簡潔に答える。それに対して、ふーん、と相づちをうったファーストネームは、じゃあ俺も先生に憧れたら先生みたいに先生になれんのかな?とキラキラした瞳で尋ねてきた。そのためにはまず正しい日本語の用法と基本的な話法を学び直したほうが良さそうだが。というか、そもそもこの質問もたぶんこれで10回目だ。頭が悪いのだ、ファーストネームは。
こうしたやり取りが延々と続く。先生って女子にモテるのどうして?なんでいっつも本持ってんの?先生も予習するって本当?先生って彼女いるの?先生って―――。
こうした質問に対して俺はどれも適当に答えると、授業に必要な教材を全部抱え、職員室を後にする。教科書の上に乗っけた白いチョークケースには、ファーストネームによって油性のマジックで、自称“アート”が施されている。それからまるで刷り込みをされた動物みたいに後をひょこひょことついてくるファーストネームは、後ろから最後の質問をしてくるのだ。



『先生、おれのこと好きになった?』



「・・・だから、“生徒として”大切な存在だって言ってるだろい」



毎日尋ねられる質問に対し、俺も毎日同じ答えを返す。“生徒として”大切な存在。それは別に間違っているわけではなくて、教師として持っている当たり前の感情。特に自分のクラスの生徒なんかの可愛さはひとしおで、皆をまんべんなく愛してる。だが、こんなの単なる俺の固定観念で、俺のなかの理想の教師像であるだけなのかもしれない。そんな風に弱気になってしまう原因もコイツで・・・。
俺は後ろを歩くファーストネームの悲しそうな表情を想像して心を痛めながらも、平静を装いながら教室のドアを開けた。












「で、これを代入すれば・・・」



肺に悪いらしいチョークの粉を頭の先から足の先まで全身に被りながら、俺は黒板に問題の解説を書き続ける。さすが俺のクラスだ。真面目な生徒が多いのか、教室を見渡しても寝ている奴なんか2人くらいしかいない。しかし、今日は珍しい。いつもなら熟睡しているファーストネームが、どういうわけだか起きている。まあ頬杖をついているところを見れば、やっぱり眠いのは眠いようだが。あと15分でチャイムが鳴る。とりあえずあと3問は終わらせておきたい。少し焦りながら俺が再び黒板に向き直った時、事件は起きた。ガシャァンッ、と派手な音がしんと静まり返る教室に響いた。驚いて見ると、まず目に飛び込んできたのはひっくり返った椅子。そのあとは、その隣に横たわるファーストネームが視界に入った。生徒がざわつく。いったいどうしたんだ、と慌てて駆け寄り、他の生徒がパニックにならないように落ち着いてファーストネームの上半身を抱える。



「ファーストネーム、分かるかい?」



軽く体を揺らしてやると、ファーストネームは苦しそうな表情でうっすらと瞳を開けた。それに安心して、少し焦りが消える。ファーストネームはぼんやりと俺を見つめると、小さな掠れた声で、気分悪い、と呟いた。額にチョークのついていない手の甲を乗せて、熱がないか確認するが、体温はおそらく平常だ。とりあえず保健室に運ばなければ。俺はゆっくりとした動作でファーストネームを姫抱きにすると、なるべく振動を与えないように注意しながら立ち上がった。ざわめく生徒たちに保健室に、ファーストネームを運んでくるから残りの問題をやっておくように、と伝えると、俺は足早に教室を後にした。ぐったりと俺に体重を任せるファーストネームに、不安になる。さっきまであんなに元気だったのに、いったいどうしたというのだ。俺は無意識にファーストネームを抱く腕の力を強めていた。
なぁ先生。不意に呼ばれ、ファーストネームを見る。と、俺の腕の中のファーストネームはすっかり元気な様子で、まるでいたずらを成功させた子供のように笑っていた。俺は状況を瞬時に理解した。
騙された。



『先生、惚れた?』



こんな世話の焼ける生徒、絶対に目ェ離せねぇだろ。そう言って笑うファーストネームは、いつもの子供らしいファーストネームではなく、なんだかちょっと大人びていた。ふつふつと沸き上がってくる怒り。だが、そんなことよりも、ファーストネームの身に何もなかったという安心の方が大きく、俺の心を温かくほぐしていた。俺は脱力して階段の途中に座り込む。力の抜けた腕から落っこちたファーストネームが階段から落ちそうになって焦っているが、それすらも俺をほっとさせる要因でしかなかった。
俺より数段下からこちらを見るファーストネームに、俺は頭をかきながら言った。



「一本とられたよい」











特別課外授業



(今日は俺の家で個別指導してやらないとねい)








fin





20111225


相互リンク記念!
依利様からのリクエスト第一段で、マルコ夢でした!なんかイマイチパットしない内容になってしまい申し訳ないですが、大好きな依利様に捧げます!






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