小説(短編) | ナノ
ぼくにキスして(マルコ/男受主)








おれはマルコ隊長が大好きだ。この船に乗って、親父のマークを、“誇り”を背負ってからずっと。おれが隊長の元で戦うようになってから、ずっとだ。有無を言わせないような威圧感を醸し出す彼のまとう雰囲気とか、いつも気だるそうな目とか、鍛え上げられたたくましい胸板とか腹筋とか。実力では実質、白ひげのナンバー2とも言われているその強さとか、仲間思いの優しさとか。戦闘中のマルコ隊長から放たれる透き通った青い炎は、見とれてしまうくらい美しい。あの炎に一回だけでいいから触れてみたいなあ、と思うけれど、そんなこと、いくら願っても叶うことはない。理由は簡単だ。この強い想いは、極端な片想いだから。


『隊長、これ、サッチさんが』


「・・・よい」


おれは、全てを知るサッチさんが気をきかせておれに持たせてくれたブラウニーを持って、マルコ隊長を訪ねた。予想通り、甲板で読書に興じていた隊長は、足音に気付いておれを視界に入れるなり、めんどくさそうにため息をついた。またお皿を回収しに来ます。そう言いかけたとき、マルコ隊長はブラウニーをさっきまでページをめくっていた指先でつまむと、そのまま口元に運んだ。ああ、楽しみがひとつ減った。
もぐもぐと咀嚼を繰り返す隊長を唖然として見ていると、まだ用でもあるのかい、と冷たい言葉が飛んでくる。そんなあからさまにしなくてもいいじゃないか、と思うほど、それは明確だった。
マルコ隊長はおれが嫌いだ。
理由なんてわからない。おれがマルコ隊長よりもうんと幼いガキだからなのか、弱いからなのか、頭が悪いからなのか。それに、わかったところでどうにかなる問題でもないのだ。これはマルコ隊長の心の問題なのだから。


じゃあ失礼します。焦ったおれは、その場からそそくさと退散する。心がうるさく警告音を響かせていた。後ろでエースがマルコ隊長に話しかけるのが分かった。エースはマルコ隊長のお気に入りだ。エースが船に来たとき、隊長はまるで手負いの猫を世話するように、彼につきっきりだった。結局、一番最初にエースが心を開いたのもマルコ隊長。おれより後に入ったのに、ずるい。どろどろとした重たい嫉妬の念をかかえ、背後からは二人の話し声を聞きながら、おれはキッチンに戻るのだった。






「敵襲ーーー!!!」


真夜中、見張りの2番隊隊員の叫び声と喧騒でおれは起こされた。数発発砲音が聞こえ、やっと頭が機能した。相部屋の仲間を叩き起こし、武器の拳銃を持って甲板へ飛び出ると、そこにいたのは結構名の知れた海賊。白ひげ海賊団に夜襲とは、なかなか肝が座っている。しかし、1から16番隊まで総動員で敵を迎え撃つ白ひげ海賊団には手も足も出ないだろう。おれは人でごった返す甲板から、マストに足をかけた。見晴らしのいいところから得意の射撃で敵を狙い撃つ戦法だ。接近戦は苦手だが、これならおれだってやれる。



帆をたたんだ低いマストに上ると、戦況がよく分かった。次々と海に放り出されていく敵。それと同時に、目立つ光が二人分、目に飛び込んできた。マルコ隊長とエースだ。二人は背中合わせで、楽しそうに口元をつりあげながら能力で戦っていた。一気に脱力感が込み上げた。それと遅れて、腹部に痛みが―――。痛み?
おれの体は重力の法則に従って、ぐんぐんと甲板に吸い寄せられていった。床にぶつかる寸前に、おれは意識を手放した。








柔らかい光に、穏やかな空気。ふわふわの感覚と同時に、左手と脇腹に痛みが走った。まだぼうっとする意識の中、目だけで人の往来を追う。どうやらここは医務室のようだ。気付くと余計に傷が痛み、薬品の臭いがつーんと鼻の奥をついた。パタパタと走り回るナースが、おれのベッドの脇に立った。分かりますかー?なんて適当に尋ねられて、声を出す気にもなれず、黙って数回瞬きをする。するとナースは、そんなに強い麻酔打ったかしら、と首を傾げた。そのままナースの顔を見つめていると、容赦なくめくりあげられる布団。ナースの手が熱をもった傷口に触れて、おれは思わず体に力を入れた。
ちょ、痛、と途切れ途切れにようやく声を発したおれをナースは気にも止めず、我慢してください、と軽く流し、傷口に薬品をつけたガーゼを何度も押し当てた。


「おうおう、痛そうだねい」


聞きなれた、いつも追いかけている声に、思わず顔をそちらに向ける。そこにいたのはいつも通り、無表情のマルコ隊長。隊長はナースと軽く会話を交わすと、ナースの去ったベッドサイドに椅子を並べて、そこに腰かけた。調子はどうだい、なんて尋ねられても、返す言葉が出てこない。今はそんなことよりも、気になることがあるからだ。
隊長は、どうしておれなんかのところに来たんですか?足を引っ張っただけのへなちょこで大嫌いな隊員のところに、どうしてあなたはわざわざ足を運んだのですか?
言ってて泣きそうになった。声が震えるのがわかり、あわてて唇を噛み締める。マルコ隊長は椅子に腰掛け直しながら、怪我したのなんかお前くらいだよい、と小さく笑った。それから、急に寂しそうな表情になった。こんな隊長は見たことがないから、驚いた。


「悪かった」


『え、・・・』


どうして、マルコ隊長が。そう言うおれの言葉を聞きながら、隊長はがしがしと頭をかいた。


「どうやら、俺はファーストネームにいろいろ勘違いさせてたらしい」


自分でも分かるくらい間抜けな面で隊長を見ているであろうおれの頭を、彼は大きな手のひらでゆっくりと撫でた。額にかかる髪をかきあげられ、その気持ちよさに思わず目をつむりたくなった。こんなことされたのは初めてで、どくんどくん、と心臓が早鐘をうった。それに、名前を呼ばれたのも久しぶりだ。このふわふわした感覚を抜けきっていない麻酔のせいにして、おれは隊長の手に頬を寄せた。嫌われてもいいや。夢心地の中、内心そんなことを思いながら。
でもやっぱりマルコ隊長は寂しそうな表情をしていて、こっちまでわけも分からず苦しくなる。


「まず、守れなくて悪かった」


自分の隊の人間が怪我したのにも気付かずに戦っていたのが恥ずかしい。親父にも怒られた。
マルコ隊長はおれの脇腹の傷口に視線をやった。まだじくじくと痛むそこは、どうやら敵船からの発砲だったらしい完璧に狙われていた。痛かったろい。悲しそうな顔のマルコ隊長に、おれの心の方が痛くなって、隊長は悪くないですよ、と上から目線にフォローした。血が出て痛いという感覚を昔になくしてしまった隊長は、よく他の船員が怪我をしたときも同じように気遣っている。
隊長は傷口から視線を床に落とし、おれから手を離した。温もりが名残惜しい。


「それと、ずいぶん長い間、俺はファーストネームを傷付けてたようだな」


はて、何のことだろうか。おれがマルコ隊長に故意に傷つけられることなど、なかった気がする。ただ、同じ空間にいられるだけで幸せだというくらい慕っているだけだったから。むしろ嫌われないようにとこちらから避けていたりしていたくらいだ。それなのに、隊長は謝った。どういうことか分かりません。はっきりとおれがそう言うと、マルコ隊長は苦笑いで、ファーストネームは鈍感でいけねェや、とため息をついた。また困らせてしまった。また嫌われてしまう。こんな格好で呆れさせてしまうなんて、自分は最低だ、と自己嫌悪に陥っていると、隊長は照れたように頬をかいた。


「まぁ・・・その、な・・・」


お前の近くにいたら緊張するというか、口数が減るというか、何を話したらいいか分からなくなって、その焦りを感じさせないようにと無表情でいたことで、ファーストネームを傷付けていたらしいな。サッチから聞いた。
弁解するようにつらつらとそう述べたマルコ隊長は、要するに、好きなんだよい、と言うと、目線をあっちこっちにさ迷わせた。おれはというと、やっぱりこれは夢なんじゃないかと思って、傷口をぐりぐりと指先でいじってみる。あれ、痛いや、なんてぼんやり感覚として痛みを感じ取っていると、何やってるんだよい!とあわてた様子のマルコ隊長に手を捕まれた。ただでさえ血足りてねぇのに、お前は死ぬ気かい、と言われ、初めて腕のじんわりとした痛みが輸血のために刺さった針によるものだということが分かった。ぼんやりする思考は貧血のせいらしい。


『おれ、隊長はてっきりおれのことが大嫌いなんだと思ってました』


やっぱりいまいち状況を理解できてないおれの脳みそは、末端をうまく動かしてはくれない。舌足らずなしゃべりでへらりと笑ってみせると、隊長はやっぱりため息をついておれの髪を撫でた。それから、どういうわけだかマルコ隊長の顔がぐん、と近付いてきて、おれの冷たい唇に、暖かいものが触れた。キスされた。そう理解するのに時間はかからなかった。ただ、リアクションが薄いのは低血圧のせいだ。


「こうすれば分かるかい?」


マルコ隊長は、優しく笑っておれの頬を撫でた。おれもつられて、またへにゃりと笑った。口には出さなかったけど、おれの心臓ははち切れそうなくらいどきどきしていて、きゅんきゅんと締め付けられていたんだよ、隊長。おれはまだまだぼんやりする意識で、マルコ隊長を呼んだ。



『隊長、もういっかい』









ぼくにキスして



(今日からお前は俺のもんだよい)(じゃあ隊長はおれのものですか?)







fin




20111129


もちろん、マルコはファーストネームくんのものです!
こういう、勘違い嫌われ→ハッピーエンドが最近好きです






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