小説(短編) | ナノ
ぎゅーーってしてください(マルコ/男受主)







なんだかここのところファーストネームの機嫌がすこぶる悪い。といってもただ俺に対する風当たりが強いだけで、それ以外はいつも通りだ。ファーストネームはあんまりいろいろ引きずるタイプではないから、今までも喧嘩したのを根に持っていたことはほとんどない。そんな奴がほとんど5日間ずっとふてくされていたら、さすがにちょっと心配にもなってくるというもの。




「とは言っても・・・」




原因が全く分からないのだから対策の練りようがない。ここ1週間の自分の行動を思い出して分析してみるも、特に気になることはなく、余計に頭がこんがらがる。結局はっきりとした原因は分からずじまいだったが、このまま触らせてもくれないし口も聞いてくれない状況が続くのは耐え難いものがある。
今までの喧嘩やファーストネームがすねた時のことから考えるとすると、原因として一番可能性として高いのは“構ってくれない”ということ。甘えたなファーストネーム特有と原因だが。




「ファーストネーム、」




ものは試しだ。これで機嫌がなおるかどうかなんてまだ分からないが、とりあえずファーストネームをおもいっきり甘えさせてやる作戦を思い付いた俺はそれを決行すべく、ソファーに座ってテレビを見ながらケータイをいじっているファーストネームの隣に腰かけて、呼び掛けてみた。するとこちらを横目でチラッと確認したファーストネームは、あからさまに嫌そうな顔でケータイを閉じた。でもそんなのお構いなしで、俺はファーストネームの頭をそっと撫でると、そのまま自分の方に引き寄せようと腕に力を込める。しかしあろうことか、ファーストネームは俺の腕を払い除けて立ち上がると、俺を睨んだのだ。




『おれに許可なく触んな』




じゃあ許可をとれば身体中触らせてくれるのかと尋ねたいところだが、そんなことをすればさらに機嫌を損ねることは目に見えていたため、ぐっとこらえた。触るなと冷たく吐き捨てたファーストネームは、わざと大きな足音をたててリビングを出ていくと、寝室に入っていった。バンッとドアが勢いよく閉められ、思わず肩をすくめる。どうやら気を逆撫でしてしまったらしい。これじゃあまるで思春期の娘の扱いに困る父親みたいだ。
でも、ということは、つまり。べつにファーストネームは俺に甘えたいというわけではないということだ。それはそれでなんだか寂しい。




こうなれば別の策を考えなければならないのだが、ここで俺は重要なことを思い出した。それはちょうど5日前のこと。その日俺は高校時代の友達数名と飲みに行き、ファーストネームには何の連絡もいれずに、帰ったのは夜中の1時過ぎ。めったに会えない旧友との再会に熱さを増した俺たちは3軒の居酒屋を梯子し、記憶がないくらい泥酔して家に帰ったのだ。もちろんだが、その日家に帰ってからの記憶なんて全くない。どうやって帰ったのかも覚えてないくらいだ。
ファーストネームがすねている原因があるとすれば確実にこの日だ。だが俺はきっと無意識にファーストネームを傷付けている。だって覚えていないんだ。




「・・・よわった」




とりあえずケータイを取り出してその日の送受信メールを確認してみる。しかし、ファーストネームからのメールはたったの1件。しかも全く関係ない、新しいブルーレイレコーダーの録画機能の使い方が分からないという内容。これは覚えている。俺は宴会場を抜け出してトイレでファーストネームに電話をかけて、使い方を教えたんだ。その後は電話もメールもなかった。ということは、やっぱり何かあったのは夜中、帰ってからということになる。
俺の記憶がないときに起こった出来事なら、俺が知らないのも無理はない。いくら考えても解決の糸口なんか見つかるわけがないのだ。ここは腹をくくって本人に尋ねるしかなさそうだ。




あれだけ怒っていたファーストネームのことだ。きっとさらに嫌われるだろうなあ、と嫌なことを想像して気分が沈んだが、このままくすぶっていてもらちが開かないと意を決した俺は、さっき勢いよく閉められた扉に手をかけた。ナチュラルな木の色をした引き戸をそっと開けて中を覗くと、こちらに背を向けてベッドの上に横たわるファーストネームがいた。ああ、これは相当なことをしたんだなあ、と罪の重さを実感し、いっきに申し訳なくなった。




『・・・来んな・・・』




しょげかえったファーストネームはいつもよりいくぶん低い掠れた声でそう言ったが、俺はそれを無視してゆっくりとベッドに近づいた。近づく俺の気配を感じ取ってか、寝返りをうったファーストネームはそのまま手近にあった枕をつかんで、それに顔を埋めた。しかしそれが俺のだと気付くともそもそとうごめき、枕をベッドの下に蹴落として自分は腕を枕にシーツに顔を埋めた。ファーストネームは機嫌が悪くなるとその日はソファーで寝る。例にならって昨日もベッドで寝たため、ファーストネームの枕はソファーに起きっぱなしだ。




「ファーストネーム」




背後からベッドに四つん這いになって登ると、ファーストネームの髪に手を伸ばした。しかしふわふわの髪に指先が触れた瞬間、俺の手はまた払いのけられてしまった。これは困った。ため息を吐き、俺はその場に座り込んだ。気まずい空気の中、横目でファーストネームをうかがうも、奴はビクともしない。




「・・・ほんとに、ほんとに申し訳ないが・・・」




俺、何かしたか?むちゃくちゃなこと尋ねるなあ、と呆れながらも、そうするしかない自分をおもいっきり殴ってやりたくなった。案の定ファーストネームはポツリと、サイテー、と一言だけ呟いた。いや、その通りだよ。ファーストネームからサイテーの一言をくらった瞬間、俺の中にはこいつの恋人をやってる資格なんてないんじゃないかという自問が沸き上がった。きっとそうだ。こんなによわっちくて謙虚なファーストネームを守っていけるだけの責任感が、俺には欠けてる。
きっと俺はもう許してもらえないんだろうなあ。そう思うと自分でもなんだか踏ん切りがついて、俺の中での問題は“別れる”か“別れない”かの話になっていた。




「俺が何をしたかは具体的には分からねぇ、だが、俺が本気でファーストネームを傷付けたのは紛れもない事実だ」




別れるならそうしてくれて構わねぇし、許される方法があるなら教えてほしい。顔もこちらに向けてくれないファーストネームに向かって、ただ二択を押し付けた。俺ができることなんかこれくらいだったからだ。質問に対しての返答はなく、ただ沈黙が続いた。目覚まし時計の秒針が刻む規則正しい時の音が、やけにはっきりと聞こえた。
頭の中は真っ白で、フラれたらどうしようとか、親指を落とせだなんて言われたらどうしようとか、そんなことを考えたのはその後、落ち着いてからだった。
しばらくして体を起き上がらせたファーストネームは、体の側面をこちらにむけ、三角座りでぽつりぽつりと、俺が5日前にやったことについて話し始めた。




『マルコは・・・・女を抱いたことをおれに自慢したんだぞ・・・』




ファーストネームから聞かされたのは驚愕の事実だった。5日前、久々に合う旧友に飲み会に誘われた俺は、嬉々として参加した。悪酔いした俺はその場の勢いというやつで、昔俺に片想いしていた女を抱いてやるとホテルに連れ込み、関係をもってしまった。その女は胸が大きくスタイルが抜群で、締まりも最高だった・・・という一連の流れから感想まで、全てのことをファーストネームに話したというのだ。酔っていたからといえ、これは許される行為じゃない。最後に一回だけキスしてもいいだろうか、と後悔しない方法を考えていると、不意にファーストネームが体をこちらに向けた。




『抱きしめろ』




涙目で顔を赤くしたファーストネームは上目で、許してほしかったらおれを抱きしめろ、と付け加えた。だからこいつは可愛いんだ。俺のどんな過ちも許してくれて、しかもまた甘えてくれる。男らしくはないが女みたいにネトネトしてないし、その辺の女なんかよりよっぽど可愛い。この間抱いたらしい女なんかより。
俺はファーストネームの体を引き寄せて、おもいっきり抱きしめた。“ごめん”と“ありがとう”を込めて。




「俺が好きなのは、ファーストネームだけだよい」




抱きしめたファーストネームの前髪越から額にキスをすると、ずっと胸に顔を埋めていたファーストネームは少しだけ顔をあげた。その瞳はやっぱり潤んでいて、吸い込まれそうになった。俺はたまらなくなって、顔を上げたファーストネームの半開きの薄い唇に噛みつくようなキスをした。









ぎゅーーってしてください



(今度こんなことしたら半年間おれに触っちゃだめだからな)(でも別れないんだな)








fin





20111026


久々の更新です!
今回はマルコらしくないマルコ書いてみました(・ω・)ゞ





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