小説(短編) | ナノ
最も賢明な愚者(マルコ/男受主)








モビーディック号で一番頭がいいと言われている男がいる。名前はファーストネームといい、ただたんに賢いだけでなく、知識量が尋常じゃない。まるで辞書を5冊くらい頭に入れてるんじゃないかと思うくらい物知りで、策略家でもある彼は、敵船や海軍の航路を先読みしたり作戦を練ったり、ある意味攻撃の要でもある。



しかし、ファーストネームには一癖も二癖もあるのが問題だ。別にクルーと仲が悪いわけではないし、本人がクルーを嫌っているわけでもない。みんなと同じように親父のことが大好きで、クルーを家族と思っていることは確かだ。ただ、性格が悪い。それゆえあまり人が寄り付かず、今では一匹狼状態なのだ。口数が少ないファーストネームが自らクルーに話しかけることなんかないし、クルーも必要がなければ話しかけない。
そうしてたまに、トラブルが起こるんだ。



「てめぇ・・・俺を馬鹿にしてんのか・・・」



『馬鹿にしてるわけじゃない、馬鹿を指摘してるだけだ』



「んだとォ!?もっぺん言ってみろ!!」



真っ昼間の甲板に響いたのはあらぶるエースの怒鳴り声。肩や頭からメラメラと灼熱の炎を燃え上がらせてファーストネームに殴りかからんとするエースを、周りのクルーは全力で止めている。一方ファーストネームはそんなエースには見向きもしないで、呆れたようにため息をはいた。なんとも挑発的だ。そんなファーストネームを見たエースはギリッと歯軋りをすると、仲間たちの腕を振りほどき、ファーストネームに掴みかかった。



『エースはそうやって暴力行使しかできないんだろ、情けない』



高度な言語能力を持つ人間だからこそディスカッションというものが出来るということを忘れたのか?と述べたファーストネームは、エースを睨んで挑発的に笑った。これはエースも怒るな、と遠目に見ていた俺は思わずため息を吐いてしまった。
それからもお前は低能だ、とか、体を鍛える暇があるなら脳みそも鍛えるべきだ、とかさんざんエースを罵ったファーストネーム。ギリギリで殴ることを我慢している様子のエースは、力強くファーストネームの胸ぐらを引き寄せた。



「てめぇも男なら女みてぇにぐちぐちぐちぐちと屁理屈ばっかり並べてねぇで、殴り合いの喧嘩してみろよ!!」



ファーストネームが体力勝負で弱いことを知っているからこそのエースの気遣い。お互い1発ずつ殴るくらいなら怪我もしれてるし、終着が見えない口喧嘩をずるずるやられるより、殴り合いの方がすかっとしてよっぽどいい。これでファーストネームがエースの誘いに乗れば一件落着だな、と思い、少し安心して二人を見ていた。が、やっぱりファーストネームはそこまで単純じゃなかった。



『知力は時に武力にも勝る』



武力に屈しては人間として生まれた意味がない、恥だ。それはまるで俺たちの海賊行為を否定しているようにも聞こえ、クルーの顔色も変わった。そして何より、エースの我慢が限界に達した。振り上げられたたくましい腕は、速度を上げてファーストネームに近づき、その海賊らしくない白い頬を直撃した。



「次、そんなこと言ってみろ・・・今度は海へ突き落とす」



怒りのメーターが振り切れて逆にクールダウンしたらしいエースは、投げ捨てるようにファーストネームから手を離すと、黙ってその場を去った。突き放された衝撃で甲板に倒れ、座り込んだまま口元に手の甲で軽く触れているファーストネームの元に歩み寄る。クルーたちはみんな散ってしまった。
ファーストネームの目の前にしゃがみこみ、顔を覗き込む。



「大丈夫かい?」



『・・・』



コイツは心底愛想が悪い。隊長が心配してやっているというのに、チラッとこちらを一度見ただけで、すぐに目を反らした。それから、さっきまで読んでいたらしい分厚い本を掴むと、何も言わずに立ち上がった。どうせ一人部屋の隅で拗ねるんだろう、とこれからのファーストネームの行動を読んだ俺は、白い手首を掴んだ。とたんに嫌そうな顔でこっちを睨んだファーストネームは、なんですか、と嫌悪感丸出しで問いかけた。



「口、切れてるだろい」



治療してやるから部屋に来い、そう言うとファーストネームは、あなたなんかより専門知識を持つナースに治療してもらった方がよっぽどいいです、と冷たく言いはらった。が、まあ俺がそんなわがまま聞き入れてやるわけもなく。こんな言い方をするとまるで俺が悪者みたいだが、嫌がるファーストネームの腕を引き、部屋に連れ込んだ。



とりあえず椅子に腰かけさせると、もうだいぶと使っていない簡易救急箱を取り出した。その、日に焼けて変色した箱を見たファーストネームはあからさまに不審がったが、構わず中から古い消毒液と脱脂綿数枚を引っ張り出し、椅子に座っておとなしくしているファーストネームの傷口を観察しながら、脱脂綿に消毒液を染み込ませた。



ファーストネームの頬に片手を宛がって顔を固定すると、しみるよい、と一声かけてから傷口に脱脂綿を軽く押し当てた。一瞬体を強張らせたファーストネームは、ん、と小さな声で唸った。数回傷口をたたくと、滲んでいた血も取れて綺麗になった。次に小さい絆創膏をはがし、傷口に貼ってやろうとしたところを、ファーストネームに止められてしまった。



『いいですよ、そんな子どもみたいな療法』



そもそもそんな古い絆創膏なんか貼ったら栄養満点の傷口でバイ菌が繁殖しますし、これくらい放っておいてもすぐに治ります。俺の手を押し返しながらそう言ったファーストネームは、無意識だろうか、傷口をぺろっと舐めた。面白いものを見た。



「知ってるかい、ファーストネーム」



少しからかって、俺の方が偉いってことを教えてやるのにもちょうどいい。俺はファーストネームの髪を優しく何度も撫でると、椅子の肘置きに手をつき、徐々に距離を縮めた。するとどうだろう、今までの偉そうな態度とは一変、急に焦りだしたファーストネームは、どうしたんですか、何なんですか、と普段はうんちくと文句しか出ない口から、いくつもの疑問詞を発した。
俺は、息のかかるくらいの距離で、今まで馬鹿にされ続けたクルーからのお返しだ、と言わんばかりに挑発的な笑みを浮かべてやった。



「大抵のキズは唾つけときゃ治るんだよい」



また血の滲み出てきた唇を、結構強く舌を押し付けるように舐めると、逃げるように顔を反らそうとしたファーストネームの後頭部の髪を掴んで動けなくした。隊長、という俺を制止させようとする焦りを帯びた声が聞こえたような気がするが、そんなことは気にもとめず、さらに薄く開かれた唇に口づけた。口が閉じられる前に舌を差し入れて、歯列をゆるくなぞり、逃げる舌を追いかけ自分のものと絡める。



『ふっ・・・たい、ちょ・・・』



抵抗する声がうるさいので、息も出来ないくらいぴったりと唇を合わせ、中で舌を必死に動かした。なんかこれじゃあもう自己満足じゃないか。そう思いながらも、これなら確実に俺の方が優位に立てたな、とまるで野犬のしつけに成功したような喜びが込み上がった。
不意に腕の辺りのシャツを力なく掴まれ、唇を離した。ファーストネームは息を切らし、じんじんと痛む傷口をまた手の甲で押さえた。



『・・・あんたは最低だ』



目に若干涙を浮かべたファーストネームは、悔しそうに俺を睨んだ。白い肌に、赤くなった目元と傷口から滲む血がよく映える。俺はファーストネームの耳元に唇を寄せると、なるべく低い声で呟いた。



「俺はお前の全部を知ってる」










最も賢明な愚者



(ところで、“人間関係を良くする本”ってなんだよい)(み、見ないでください!)






fin





20111007


なんだかんだ言ってやっぱりみんなともっと仲良くなりたいファーストネームくんですwwww
そして、これまた歴史の授業中に生まれた夢で、『最も賢明な愚者』っていうのは…ジェームズ1世…?だめだ、忘れた←
とにかく、そんな風に呼ばれた人がいたんですよね!(´;ω;`)






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