小説(短編) | ナノ
ボールを運んで(エース/男受主)






恋愛をバスケットボールのゲームに例えてみたら、結構いろいろしっくりきたりすると思う。
まず、バスケットリングが学校で年下からも年上からもモテる噂の彼。それから、狭いコートの中を縦横無尽に駆け回る選手たちが、噂の彼を狙う恋の狩人たち。そして、ボールは“気持ち”。
おんなじ色のユニホームを着ておんなじベンチに座ってるから仲間に見える連中も実は敵で、当たり前のようにおんなじゴールを狙ってる。



マネージャーが熱心に書き込むスコアを覗くと、そこには入った得点と、その隣に得点を入れた選手の背番号が並んでいる。2が続く列の隣の列にはおんなじ番号がなんでいて、チームではそいつが英雄。そいつにボールを回した奴はただの加担者。でも、その加担者だってただの親切だけでそんなことしてるわけじゃなくて、すきあらば自分もシュートを決めてやろうと覚悟を決めている。



「ファーストネーム!」



エースの張りのある声と共に飛んできたのは、もちろんだがくすんだオレンジのバスケットボール。ぼーっとしていた意識を覚醒させて慌てて両手を出したが、反応が一瞬遅れたせいでボールを弾いてしまい、右手に激痛が走った。弾いたボールをなんとか左手で捉えると、そのままドリブルで前線より一歩引いて待機する。



『エース!』



リング下のスペースに上手く滑り込んだエースに不恰好なパスをすると、ボールを受け取ったエースはそのまま難なくシュートを決めた。ディフェンスに戻るために脛を返すと、不意に背中を強く叩かれた。ナイスパス、そう言って笑っておれの横を通りすぎたエースは疲れを感じさせないくらい勢いにのっていた。





ビーッというけたたましいホイッスルの音で前半の2クォーターが終了した。相変わらずじんじんと痛む右手を庇いながらのプレイは思うようにいかず、利き手ではない左手ではまともにシュートも出来ないでいた。それに気付いた仲間たちはベンチに戻ったおれに救急箱を持ってきてくれて、治療しようとしてくれた。



痛む場所はどうやら右手の中指と薬指の二本で、患部は腫れ上がり、第二関節が紫に変色していた。これは折れたな、とチームメイトが言うと、監督は頭を抱えて悩みだした。それから、公式戦で骨を折るやつがあるか!とおれを怒鳴った。おれは息を整えながら、すんません、と謝罪をすると、マネージャーからタオルを受け取った。



「大丈夫か?」



皆より少し遅れておれのところに来てくれたのはエースだった。飲めよ、と手渡されたエースの冷たいスポーツドリンクをお言葉に甘えて喉に流し込む。急性な冷たさがとてつもなく気持ちが良い。そうしてくつろいでいると、ベンチに座るおれの足の間の床に座り込んだエースが、不意におれの負傷した右手を掴んだ。くるくると手のひらと甲を何度もひっくり返して観察すると、さっきからマネージャーがしてくれたように、スプレーを吹き掛けてくれた。でもたぶんもう折れてるんだよなあ。エースの親切はありがたいが、おれはため息まじりにそう呟いた。



「出るだろ、後半」



ちょ、今のおれの言葉聞いてましたかエースくん。あたかもそれが当然であるかのように出るよな、と尋ねてきたエースに、おれは目を見開いた。得点は現時点で56―25。別にスタメンが出なくても勝てる試合だ。だからちょっと怪我の様子見させてくれないかな、と思いながら、自分の右手を見つめる。つー、とエースの指先が患部を優しくなぞったが、それだけでも痛みがある。



エースはおれから手を離すと、ガチャガチャと整理されていない散らかった救急箱をひっかき回した。奥の方から出てきた新品のテーピングを長く伸ばし、千切ると、おれの指に巻き付け始めた。ちょっと曲げろ、と言われて、痛みをこらえて指に少しだけ力を入れると、素早く白いテープが指を覆った。中指と薬指、二本をまとめてでたらめに固定したエースは、よし、と立ち上がり、おれの汗まみれの頭をがしがしと撫でた。



「俺はファーストネームとバスケがしてェ」



そう言ったエースはニカッとお得意の笑顔でおれの前を去り、シューティングに向かった。顔が熱いのは試合で体が火照ったからか、はたまた照れか。
監督が再びおれの元に近付いてきて、隣に腰かけた。右手を掴まれ、痛いくらいに引っ張られて、苦笑いがもれる。とりあえず次は休んでいろ、そういう監督の顔はいたって真面目だが、どこか気が抜けてしまっているようだった。
休むように監督は提案してくれたが、あいにく、今のおれには休む気なんてない。



『出させてください』



乾いて嗚咽が出そうな喉に唾を流し込み、監督を睨む勢いで見た。すると、おれの押しに負けたのか、監督はおれの肩に手を置くと、だめだと思ったらすぐに言えよ、と言って、スコアを記入するマネージャーの元に歩いていった。



おれはエースにしてもらったテーピングで動きにくくなった右手を軽く握ったり開いたりした。痛みは相変わらずだが、それに反して口元が緩んだ。
たぶんもうおれが得点を入れることはないだろう。でも、おれは重要なことに気付いたんだ。さっきリングがモテモテの彼だって言ったが、おれが好きな人はチーム内にいた。だからおれの場合は、別にリングにシュートを決める必要なんかなかったんだ。



『さて・・・頑張ってくれよ左手ちゃん』



おれは全ての想いを運ぶ左手に願いを込め、再びコートに足を踏み入れた。円陣の中におれを迎え入れてくれた仲間たちはいつも通りの掛け声で気持ちを高めると、ポジションにつく。
けたたましいホイッスルの音がコートに響いた。










ボールを運んで



(最後にブザービートを決めるのはおれ)






fin





20111002


こえだの合格祝い!
片想いになってしまいましたが、捧げます!
おめでとう!
ブログで裏話(・ω・)
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