小説(短編) | ナノ
百面相と仏頂面(クロコダイル/ 男受主)









『クロコダイル!』



脱獄した俺を待っていたのは、一人の少年だった。
多くの犠牲者を出し、白ひげとポートガス・D・エースの死をもって終結した頂上戦争の騒動に紛れ、俺は、癪ではあるが、かつて戦った麦わらのルフィの手により、インペルダウンからの脱獄を果たした。戦争にも少々介入した俺は、戦争終結の後、海軍の船一隻を乗っ取り、あてもなく海へ出た。
さて、これからどこへ向かおうかと考えていた矢先、目の前に小さな船が現れ、見覚えのある小柄なシルエットがこちらに向かって手を振った。



「ファーストネームか・・・」



いつも記憶の端に居座っていたガキは小さな船を海軍の船の側に寄せた。下を覗き込むと、そこには鬱陶しいほどキラキラした笑顔があった。俺はため息をひとつ吐きながら、手近にあった縄ばしごを海に垂らした。ありがとう、と叫ぶと、ふわふわと潮風に吹かれながらおぼつかない足取りで登ってくるファーストネーム。小さな白い手が船縁にかかったのを確認し、細い腕を掴んで引き上げた。
とんっと軽い音をたてて甲板に着地したファーストネームは、今度は唐突に俺に飛び付いてきた。



『・・・寂しかったんだぞ・・・』



今までの時間がファーストネームにとってどれほどに辛いものであったか、俺には到底分かりそうもないが、“会えてよかった”という喜びと安心は、少しだが分かるような気がした。
不意にファーストネームが、あ、と呟き、強く俺に回していた腕をほどいた。いったいどうしたんだと様子を観察していると、膝が破れかけてほつれているズボンのポケットから、ファーストネームは小さな箱を取り出した。にこにこと楽しそうに笑うファーストネームはその箱をこちらに付きだし、開いた。
中にはファーストネームの笑顔に負けないくらいキラキラと輝く赤い宝石が、堂々たる存在感を放ち、真っ白の布に体を埋めていた。



「指輪か?」



そっと引き抜いた宝石の下にはわっかが続いていて、それが指輪だということが確認できた。つけてみろよ、と言われ、左手の中指に通そうとしていた俺を、ファーストネームは慌てて止めた。文句をつけられたことに少々苛立ち、眉間にシワを寄せて睨み付けるも、長年連れ添ったファーストネームには効果がないらしい。
こっちにつけてほしいんだよおれは!そう言ったファーストネームは、俺から指輪を取り上げ、左手の薬指に通した。



「テメェ、それじゃあ」



まるで恋人同士じゃねぇか、そういいかけた言葉はあまりにも自分らしくないのに気づき、喉の奥に飲み込んだ。宝石から目を離すと、ファーストネームはやっぱり満面の笑みをこちらみ向けていた。



『誕生日おめでとう』



ちょっと遅れたけど。
苦笑いで目線を泳がせるファーストネームを、きょとんとした表情で見る。ほとんど外部からの情報や接触を遮断されている獄中では時間感覚も日にち感覚も失われていたために、もちろん、自分の誕生日になど気付くはずがなかった。昨日は9月6日だと教えられ、そこで初めて日にち感覚が戻った。
そう言えば、ファーストネームだけは毎年飽きもしないで俺の誕生日を祝っていたな。元の生活の感覚も戻りつつあった。



『おれ、もうクロコダイルを見失わないように、お前の恋人になりたい』



今度は真剣な表情になって言うファーストネーム。その口調からは、強い意思と決意を感じる。
唐突な告白に最初こそ驚いたが、すぐに、胸の辺りが熱を持つような、不思議な感覚に襲われた。今までに感じたことのない感覚に、戸惑いを覚えつつも、心のどこかではファーストネームを認めていて、恋人にしてやってもいいかな、と考えていた。



『おれじゃだめかな』



不安を若干交えた声色に、突然ファーストネームに対するいとおしさが込み上がってきた。まるで弟のように接していたファーストネームが急に恋人になるという事実に慣れるまでは時間がかかりそうだ。だが、まあそんな関係も悪くはないだろう。俺に反発してきたり、甘えてきたり、泣き落としをしたり、普通では考えられないような行動をとれる人間などこいつしかいない。



「好きにしろ」



俺の言葉にまた表情を明るくしたファーストネームは、嬉しさを全身からにじみ出させ、俺の周りを跳ね回った。俺とは正反対の性格、容姿、趣味、考え方。自分以外の人間に興味を持つのも悪くないと思った。
先ほどからずっと騒ぎ立てているファーストネームの胸元のシャツを掴み、思いきり引き寄せ、不器用なキスをした。触れるだけのキスだが、気持ちは果たして伝わっただろうか。唇が離れてすぐに顔を真っ赤にしたファーストネームは、魚か何かのように口をぱくぱくさせていた。










百面相と仏頂面



(ほら、笑ってみろよ)(心は笑ってる)






fin





20110907


クロちゃんお誕生日おめでとう!
最大のスランプに誕生日企画やっちゃってごめんね!






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