小説(短編) | ナノ
おにいちゃん(マルコ/男受主)





*現パロ/兄弟







アスファルトに当たって跳ね返る泥混じりの雨粒が、バシバシと音をたてる。ちょうど台風が接近しているらしい。登校の時は晴れていたのに、下校の今は強い雨が降っている。自然ってのは心底不思議だ。下駄箱の前で立ち尽くすおれの後ろからは、おれを追い抜いて、おんなじ制服に身を包んだ人間が傘をさしながら帰っていく。中には相合い傘をしたり、タオルで頭を覆って走っていく奴もいる。



『どうしよっかなー・・・』



傘がないわけではない。今朝兄貴に、今日は雨が降るから、と渡されたものがある。ただ、どうしてか、傘をさして帰る気にはなれない。小さい頃に、悪いことをしているという意識を持ちながらも、雨に濡れ、水溜まりに飛び込みながら、いつもより長い時間をかけて家に帰ったことを思い出した。楽しかった。わくわくした。帰れば、風邪をひくと心配して叱ってくれる人がいるのが、なんだか嬉しかった。
高校3年の今とは確実に違う環境や感覚に、憧れを抱いていたのかもしれない。
おれは傘をささずに、雨の中に飛び込んだ。



周りの木からは、こんな強い雨にもかかわらず、この夏最後の勝負をかけた蝉たちが、相変わらずうるさく鳴いていた。



大学生の兄貴とは5つ歳が離れていて、今は二人暮らしをしている。私立校に合格したおれが、兄貴の下宿先に居候することになったのだ。
おれが私立校を受けたのは兄貴への憧れからだった。兄貴はむちゃくちゃ賢い。成績もいいし、部活もしっかりやっていた。親からも親戚からも期待をされて、かなりの重圧の中、兄貴は周囲の期待を裏切ったことはなかった。昔はそんな兄貴を羨ましく、妬ましく思ったものだ。
そうして兄貴への憧れで入った私立校も、おれに与えたのは、期待外れの結果と、親類からのきつい風当たりだけだった。



そう言えば、“おにいちゃん”って呼ばなくなったのもちょうど、おれが反抗期に差し掛かって、兄貴を羨ましく思い始めた頃からだったような気がする。まあ、もし兄貴を羨ましく思ってなくても、さすがに中学生になって兄のことをおにいちゃんなんて呼ぶのは恥ずかしいだろうけど。



不意に、道端の溝からカエルが飛び出した。びっくりして立ち止まると、カエルも動きを止め、しかしケロケロと調子よく鳴き続けた。そうだな、雨の降る場所はお前たちの本拠地。そうやって鳴いてれば、雌のカエルがやってきて、その歌声を高く評価してくれることだろう。
すさんだおれの心は、カエルでさえも羨ましく思っていた。







『ただいま』



暗い玄関に立ち尽くす。雨でびしょびしょになった体では家の中には入れない。小学生の頃ならここで母さんが飛んできて、何してるの、と怒りながら、バスタオルで体中を拭いてくれた。いつまで経っても迎えに来ない兄貴にしびれをきらし、おれはしかたなく靴下を脱ぐと、ズボンの裾をめくりあげ、鞄は玄関に置いたまま、兄貴の部屋に向かった。



『ただいま』



本日二回目のただいまを、今度はちゃんと兄貴にも聞こえるように、真後ろで言ってやった。パソコンをしていた兄貴は振り向くと、目を真ん丸にして、慌てて立ち上がり、おれの手を引いた。
されるがまま、連れてこられたのは風呂場。脱衣場の床にマットとタオルを敷いた兄貴は、ため息を吐いて、立ち尽くすおれを見た。



「馬鹿、早く脱げよい」



ああ、そう言っておれは言われた通り、体に張り付くシャツやタンクトップ、ズボンも脱いだ。そうしてパンツだけを身につけているおれに、兄貴は、風邪引いちゃいけないからシャワーを浴びろ、と言った。母さんはそんなこと言わなかったぞ、と反論すると、訳がわからないと言った様子で首をかしげられた。
風呂場のすりガラスの張られた扉を閉められ、着替えを取ってくると言い残した兄貴が去り、おれはしかたなくシャワーを浴びることにした。



シャワーついでにハゲるのが嫌だったから頭も洗って、おれは脱衣場を出た。新しいシャツはさらさらと肌触りが良く、とても気持ちがよかったが、気持ちは晴れなかった。リビングに行くと隣接するキッチンに兄貴がいて、甘い匂いがした。ココアだろうか。おれは兄貴の隣に立つと、手元を覗き込んだ。



「温まるだろい」



やっぱりココアだ。二つの色違いのカップに注がれた温かいミルクがインスタントのココアの粉を溶かし、柔らかな湯気をあげていた。そこでまた、ばあちゃんが淹れてくれたのは苦い緑茶だった、と言うと、その方がよかったのかい、と尋ねられ、おれはうつむいて首を横に振った。シンクに映ったおれの顔がしかめっ面で、腹がたった。



やがてカップを持った兄貴に促され、リビングに移動したおれは、お気に入りのふかふかのソファーに体を沈めた。でもどこか寂しいような、落ち着かないような感覚に、おれはクッションをぎゅっと抱き締めた。



『おにいちゃん』



ココアを飲みながら目線だけをこちらに向ける兄貴に、どきっとした。おれたちはこんなにも変わってしまった。恥ずかしくてクッションに顔を埋めると、急におれの隣に兄貴が座ったらしく、ソファーが大きく揺れた。すると、頭に大きくて温かい手が乗っかり、それから肩を抱いた。ぐっと兄貴の胸板に引き寄せられ、おれを包み込むシャワーよりもココアよりも温もりに涙が溢れた。



「ファーストネームの頑張りならにいちゃんがちゃんと知ってるから」



耳元で聞こえる心地よい低音に、涙腺は見事に崩壊した。時おりしゃくりあげる自分が恥ずかしいと思いながらも、おれはクッションを放り、おにいちゃんの胸に顔を埋め、背中に腕を回した。
恋人でもなくて、友達でもない。おれが生まれたときからずっと側にいて、見ていてくれた人。血が繋がってるとか繋がってないとか、そんなことよりも、おれたちはもっともっと強い絆で繋がってるんだ。



久しぶりに呼んだ“おにいちゃん”は、くすぐったかったけど、やっぱり一番温かかった。










おにいちゃん



(今日の晩御飯は何がいい?)(オムライス)






fin






20110902


内容が恐ろしいほどまとまらない←
おかげでいつもの倍ほど長くなっちゃいました
抽象的な小説だったので、頭の中の整理も含めて裏話をブログにて!






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