小説(短編) | ナノ
何か落ちた(マルコ/男受主)
ガコン、と軽快な音をたてて落ちてきたのは、おれが予想したものと違った。思わずあれ、と声が出る。自販機の取りだし口に手を突っ込んで、ひんやりと冷たい缶を取り出す。おれが欲しかったのは缶コーヒーじゃない。その隣のカルピスだ。35度を越える暑さに、おれの脳みそはいよいよイカれてしまったようだ。
諦めきれずに自販機の前に立ち尽くし、後悔の眼差しでカルピスを見つめる。120円がもったいない。意味もなく返金レバーに指をかけてみたり、おつりの返金口に指を突っ込んでみたり。はたまた、点灯していないカルピスのボタンを何回も押してみたり。いろいろ試してはみるものの、もちろん、使ったお金は返ってこないし、カルピスは無料で提供されない。
『サイアク・・・』
それでもやっぱり諦めはつかず、ポケットに突っ込んだ財布を再び引っ張り出そうと、後ろに手を回した時だだった。
「まだかよい」
ななめ後ろからイラつきの混じった声が聞こえ、驚いて振り向くと、そこにいたのは頭が良いので有名な先輩だった。勉強だけじゃない、特徴的な髪型でも有名だ。別に流行ってる髪型じゃない。むしろあんな髪型、勧められてもやりたくないのに、なんか女子にモテるからムカつく。
でもとりあえずこんなところに突っ立っていたら迷惑だろうから、すみません、と一言かけてから一歩後退する。
先輩・・・たしかマルコさんは、白い長財布から小銭を取り出すと、自販機に入れた。カシャン、という音と共に、120という赤い数字が表示された。それからちらっとこちらを伺うと、また自販機に向き直り、ボタンを押した。
マルコさんが選んだのは、まさかのおれが欲しかったカルピス。彼ならばブラックコーヒーとか、ちょっと大人っぽいものを飲みそうなのに。しかも、どうやらマルコさんで最後だったらしく、売り切れのランプが点灯してしまった。
あぁあ、まだ買おうかどうか迷ってたのに。心の中で嘆くと、おれはカルピスを諦め、缶コーヒーのタブを開けた。あんまり得意じゃないコーヒーを口内に流し込み、ゆっくりと歩き出すと、後ろでもタブを開ける音が聞こえた。この炎天下だ。冷たいうちに飲まないと損だ。
「ファーストネーム・・・って言ったか?」
『?』
名前を呼ばれて、コーヒーの飲み口に唇をつけたまま振り替えると、マルコさんはこちらに近付いてきて、おれの手から缶コーヒーを取り上げた。そして、おれが口を開けて見ている目の前で、おれから奪ったコーヒーを飲んだ。間接キスだ、焦る気持ちとは裏腹に、頭では暢気にそんなことを考えていた。
「これ」
そう言われて差し出されたものを見ると、それはおれが欲しくてたまらなかった最後のカルピスだった。間違えたんだろい、と笑うマルコさんは、一口だけもらったよい、とおれにそれを押し付けると、物々交換と言わんばかりに、缶コーヒーだけを持って歩いていった。
おれは水滴がいっぱいくっつくカルピスの飲み口を見つめる。なんだこのドキドキは。相手は憎たらしいほどモテる男の敵、マルコさんだ。そんな奴との間接キスを意識して、しかもドキドキしてるだなんて。
『どうかしてる・・・』
何か落ちた
(きっと恋だよ)
fin
20110827
夏も終盤です!
暑い夏はあまり好きじゃありませんが、夏に読みたい、爽やかな小説は大好きです!いや、だからと言ってこの小説が爽やかなわけじゃありませんけどね←
マルコと間接キスとか(´ψ`*
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