小説(短編) | ナノ
掛かり付け医の処方箋(サッチ/ 男受主)






恋人のファーストネームが風邪をひいた。
ここのところ、一緒に料理をしていても少し顔色が悪かったり、食事の時もいつもより食欲がなかったりと、気になるところが少しあったりした。その時に確認しておくべきだった。あんまり人を頼ることが好きじゃないというファーストネームのことだ。どうせ、しんどいのを隠して仕事をしていたのだろう。
ナースにも診せたが、やっぱり、疲れて免疫力が弱ってたから風邪菌に負けたんでしょう、とのことだった。一番近くにいたはずの俺が気遣ってやれなかったことに対して、自己嫌悪に陥る。なんて情けないんだ。



俺は栄養バランスを考えて作ったスープを手に、ファーストネームを寝かせてある自分の部屋に向かった。
部屋に入ると、俺のベッドには相変わらず苦しそうに息をするファーストネームが横たわっていて。





「大丈夫か?」





こんな言葉、気休めにしかならないことくらい分かっていたが、他に何て言えば言いかも分からなかった。ベッド脇の小さなテーブルにスープを置くと、ファーストネームの髪を撫でた。汗がうかぶ額に置いた、湿らせたタオルは、もう端の方が乾いていた。タオルを取り替え、別のタオルで汗が滲む顔を優しく拭いてやると、ファーストネームはゆっくりと重い瞼を持ち上げた。





『ごめん、サッチ・・・おれ、弱いから・・・』





いっつも迷惑かけてばっかりだ、と力なく笑うファーストネームに、何言ってんだ、と軽く叱咤し、タオルを水に浸けた。お気楽そうにへらっと笑う表情もやはりどこか苦しそうで、見ているこっちの方がいろいろと辛くなる。
一瞬で風邪が治る薬があればいいのに、と馬鹿なことを考えた自分をひっぱたき、スープに手を伸ばした。どうせなら温かいうちに飲ませてやりたい。





「これ、スープ作ったんだ。・・・今飲めるか?」





やっぱりまだ食欲なんかわかないかなぁ、と心配しながらも、落ち着いた黄色のマグカップに入り、湯気を立てるスープを差し出す。カップの中のスプーンが、カラン、と儚い音を奏でた。ファーストネームの顔色を伺うと、またへらっと笑ったファーストネームは、サッチの作ったスープなら、と、節々が痛むであろう体にむち打ち、起き上がってきた。あわててスープをテーブルに置き、体に手を添えて、起き上がる補助をする。別に大丈夫なのに、と苦笑いをこぼすファーストネームに、大丈夫なことあるか!と小さく怒鳴る。
それから再びスープを差し出すと、今度は、ファーストネームはちょっと意地悪そうな笑みを浮かべてこちらを見た。





『サッチが食べさせてよ』





いつもはあんまり積極的じゃないファーストネームがそんなこと言うもんだから、少し、いや、かなり驚いた。脳みそまで熱で沸騰してるんじゃないかって思ったくらいだ。そうして目を丸くしていると、そんなこと言う柄じゃないよね、ごめん、と恥ずかしそうにうつむいたファーストネームに、愛しさが込み上げる。
いいぜ。返した言葉の声色は、自分が思ったよりもずいぶん明るかったような気がした。





ふうふうと、スプーンの上のまだ熱いであろうスープに軽く息を吹き掛ける。数回それを繰り返したあと、こぼさないように注意しながら、ファーストネームの口元へそれを運んだ。薄く開かれた唇がスプーンをくわえ込んだのを確認し、ゆっくりと抜き取る。こくんっと小さく喉を鳴らしたファーストネームは、目を細めて微笑んだ。





『すっごく美味しい』





その言葉に安堵した俺も、つられて笑顔になった。この笑顔には何回も救われてきたが、どうやら今回も同様らしい。
これで明日には復活してるよ。スープを飲み干したファーストネームは、軽くガッツポーズをして元気だということをアピールした。本当にさっきよりも元気な気がするから不思議だ。



俺はスープの後片付けと、野郎共の夕飯の準備があるから、と告げ、キッチンに戻ろうとした。ファーストネームの頭をぽんぽん、と撫でると、脛を返そうとした。その時だった。体が後ろにぐいっと引っ張られたのは。決して強い力ではない、緩い力で、俺の服の袖はファーストネームによってしっかりと捕まれていた。





『・・・すぐ・・・戻ってきてくれるか?』





不安そうに俺を見上げる瞳が少し潤んでいるような気がして、俺の心臓が早鐘を打つのが聞こえた。俺はファーストネームにそっと口付けると、マッハで仕事してくる、と言い残し、部屋をあとにした。
部屋を出ても、俺の口元はだらしなくも緩みっぱなしだった。








掛かり付け医の処方箋



(何よりもサッチの愛情が一番の薬だよ)(いいぜ、無料で提供してやるよ)






fin






20110819


お決まりね風邪ネタで、初サッチでした






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