笑顔の裏にはいつも、くだらない劣等感が息をひそめていた。がんばったってがんばったって決して埋まることのない才能の差を、ひとより犠牲を増やすことでごまかしてあいつの横に並ぶ。なにもかもできるくせになにもかもに臆病なその中身をやさしく撫でては、俺はわかるよって、理解したふりでつぶやいた。ほんとうはなにもわかっちゃいない。天才の置かれた境遇なんて凡人の俺には想像すらできない。それでも、意地の悪い俺は親友の座を誰かにゆずる気にはなれなかったし、あんなにもてはやされるあいつが俺にだけなんでも相談してきて、本音をさらしてきて、それが優越感の原因だと知りながら、"天才の親友"であることに安心していた。この居場所はもろくて嘘ばかりだけど、居心地のよさは何にもかえられなかった。たぶん俺はこれからもずっとこうやって生きてくんだろう。



「霧野は好きな子とかいないのか?」

 それはある日の帰り道だった。他愛ない会話の派生から出たそんな質問。ああ神童もそんなことを考えるのかと最初は思った。何人もの女子から言い寄られても、それとなくかわしてきたようだから、てっきり興味がないのだろうと。にしてもなんて答えようか? 一応好きな子、は、いると言えばいるんだけど、たとえ神童にでも打ち明かすのはためらうと言うか。

「なんだよ、急に……さては神童、恋でもしちゃった?」

 笑いながらたずねると、なぜか苦笑いで返され、なにか言いたげに口を動かしつつも声を発さない。もしや図星か? と思って問い詰めてみたらやっと一言、「狩屋が」。…………狩屋が? なに?

「いや、俺も、ちょっとびっくりしたんだけどさ」

 神童がひかえめな声で話すからよく聞こえない。俺の怪訝な顔に気付いたのか神童はあわてた様子で ちがうんだ、と言った。なにがちがうんだ。

「狩屋がさ、……俺のことを、好き、らしいんだ」
「……は?」

 狩屋が、神童を好き?

「なんのじょうだ――」
「いや、冗談じゃなくて……こんな話、霧野だから言うけど……こないだ雨降った日に狩屋に呼び出されて」

 "霧野だから言うけど" は、神童の決まり文句みたいなもので、親に言えない話、ちょっと恥ずかしい話、すごく悩んでいる話なんかを話すとき、必ずそう言う。その言葉が出たあとの話は、ほんとうに俺以外にはしていないらしくて、それも信頼されてる証のような気がするからいつもならばうれしいのだけど。

「で?」

 俺の声はひどく冷たくて低かった。自分の話に夢中な神童は気づいていないようで、それが唯一の救い。

「告白って言うのかな。神童先輩が好きです、って」
「……、へぇ」

 あいつが神童のことを好き、ねぇ。嘘をつける性格じゃないし、狩屋が神童に告白したのはたしかな事実なんだろう。「神童はほんともてるよなあ」なんて言って作り笑いを浮かべながら、胃のあたりにきりきりとした違和感をおぼえた。

「笑い事じゃないんだ。霧野、俺どうしたらいいんだろう? こんなことははじめてで……狩屋のことは嫌いじゃないし、部活も真面目に参加してて、実力もあるし、いいやつだとは思うんだけど……学年もちがうし」

 さすがに神童でも、同性に告白されたことはないから、戸惑うのも無理ないかもしれない。でも同性だからダメとか、きもちわるいとか、考えるより先につっぱねたりしないのはこいつのいいところだと思う。だけど今回だけは、俺も冷静に助言できるような状態じゃなかった。

「……そういう問題じゃないだろ。神童、おまえは男で、狩屋も男だぞ? 好きになるのはしょうがないとしても、付き合うってのは……」
「まあ、そうだよな……キャプテンが部内恋愛なんかして、部活動に支障が出たら大変だし」

 その言い方がやたら気にさわった。まるでおなじ部活じゃなかったら、神童がキャプテンじゃなかったら、付き合うかどうか考えるようなニュアンス。「いや、男同士なんてやっぱり評判よくないしさ。ましておまえは神童財閥の跡取りだぜ? 世間の声は大事だろ」たたみかけるように言っても神童はうーんとうなるだけで、いまいち煮え切らない。だんだん苛々してきた俺は あーもう、とつぶやいて、神童をにらんだ。

「おまえ、ちょっとは狩屋のことも考えてみろよ。おまえに告白した子が、神童拓人ファンクラブとかいう女子の集団にいじめられてたの、もう忘れたのか? 狩屋にあの子みたいな思いをさせたいのか?」

 過去の傷をえぐるような俺の言葉に、神童は面食らったように目を見開いて、それからちょっと悲しそうな顔になって、「そうだったな、ごめん」と静かに言った。だいたい、なんでこんなに迷っているのかわからない。今までは女の子が告白してくるたび、それらしい理由をつけてその場でかわしてきたくせに。それともなんだ、神童はもしかしたら、狩屋に告白されてまんざらでもないって言うのか? ……ふざけんな。またそうやって、俺の目の前で俺のほしいものをかっさらっていく気だってのか。

「変なこと考えんなよ。狩屋とはどうやってもしあわせになれないだろ」
「わかってる。けど」
「けど?」
「……どうせ女の子と付き合ってもまたいろいろもめるだろうし、誰にも知られないですむなら、狩屋と付き合っても大丈夫かな、とは、思った」
「はぁ?」
「だって、今まで女の子と関係を持ったことない俺が、後輩の男子と付き合ってるなんて誰も思わないだろうし」

 腹が立った。こいつはなんにもわかっちゃいない。だいたいそんな自分の都合で、応えてやるだけの気持ちも持ち合わせていないくせに、付き合ってやってもいいみたいな、そんな考えに嫌気がした。狩屋は純粋なやつだから、こいつがこんな思惑から狩屋の想いを受け入れたとしても、きっと手放しでよろこんでしまうだろう。そんなのはダメだ。だってあまりにもかわいそうじゃないか。

「しんど――」
「ごめんな霧野、大丈夫だから。付き合いはしない。ぜったいに」
「え……んん、それならいいけどさ……」
「霧野の言うようにして、悪い結果になったことはないし。いつも真っ当な答えをくれて助かってる。信じるよ」

 その笑顔が胸に突き刺さった。けがれのない神童を見ていると、自分がひどく汚れている気がして嫌になる。神童のそばにいることで納得しているのは自分なのに、ときどき不安で不安で仕方なくなってしまう。神童はほんとうに、俺がいなくちゃダメなんだろうか? 俺なんかいなくても大丈夫なんじゃないだろうか? むしろ存在を必要としてるのは、俺のほうなんじゃないだろうか?

「霧野?」

 ふいに呼ばれてびっくりした。心配そうな表情を浮かべる神童にはやはり偽りがなくて、きれいで、まぶしいくらいだ。ごめんな、神童、俺こんな嫌なやつで。でもやっぱり、どうしても狩屋だけはおまえに渡したくない。

「あぁ、ごめん、ちょっとぼーっとしてた。今日もあついな」
「ん。……そうだ、結局霧野はどうなんだ? 好きな子は」
「え? あぁ、うん、」

 にこにこ笑っている神童に負けないくらいの笑顔で、「そんなのいるわけないだろ」 ほらまた嘘をついた。




20120827 miyaco

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