水曜日だけ機嫌がいいことをだれが知っているだろう。早々にロッカールームを出ていったうしろすがたを横目で見てから、俺もせっせと自分のかばんを肩にかけた。
「あれ、狩屋もう帰るの?」
 毎週のことなのに、まだ覚えられてはいないらしい。それもそのはずだ、ばれないように毎回いろいろと気をつかってるんだから。
 まだ着替えちゅうの天馬くんたちにバイバイまたあしたと手を振って、先輩方への挨拶もそこそこにサッカー棟を飛び出した。ほっぺたを打つ風はやわらかく、春の夕暮れはぽかぽかあったかい。長期休暇で人気のない校内をまっすぐ突っ切って、下駄箱を抜けた向こうに見えた、桜とおんなじ色した長い髪。
「霧野先輩!」
 呼べばくるりと振り返って、俺のなまえを乗せたくちびるがまあるくわらう。
「なんだ、早かったな」
「もう用意はできてたんで」
 走ったおかげでずれた肩ヒモを整えたら、先輩とふたりならんで中庭を歩く。はじまったばかりの春休みはほとんど部活に費やされる予定だけど、それでもべつにかまわなかった。一週間に一度だけ、この人の放課後をひとりじめできるんだから。


 言い出したのは先輩のほうだった。四月になったら新入生も入ってくるし、おまえにも後輩ができるだろうし、と。先輩方が引退して、信助くんが正式にキーパーになったから、現役のDFは先輩と俺しかいない。そこで連係がうまくいかなかったらお話にならないとばかりに持ち出された放課後の秘密特訓。なんで秘密なんですかと訊いてみたらそのほうがわくわくするだろとかなんとか返されて、先輩も案外子どもっぽいとこあるよなあって。そう思いつつも、毎週この日をたのしみにしてる俺も俺だった。
 いっしょに帰っているのがみんなにばれないように、すこしだけ時間をずらしてロッカールームを出たりなんかして、河川敷のグラウンドで重ねた特訓の数々。三年生が引退してすぐだったから、もう何ヶ月になるだろう? もちろん水曜日だけじゃなくて、練習が早くおわれば土曜や日曜もこっそり、日が暮れるまでふたりでボールを追っかけてた。
「お、ラッキー。あんまり人いないっすね」
「ん。……じゃ、はじめるか」
 ばさり、ちょっとかっこよく学ランを脱ぎ捨てる先輩にはあいと軽く返事をして、俺もかばんと学ランを芝生の上にほうり投げる。コンクリートの階段をかけおりてく背中を見つめて、すこしだけはにかんだ俺の抱くこのきもちを、先輩はきっとまだ知らないんだろう。



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