ざあざあ、とまではいかないけど結構大粒の雨が絶え間なくぼたぼた降って、俺がいまいるバス停のトタン製の屋根に当たっては跳ねて流れて、そんな音をもう小一時間聞いている。行儀悪くベンチの上で膝を抱えて(まあ律儀に靴は脱ぎ落としてるけど)、あー雨だるいなー、呟いてもだれにも聞こえちゃいない。いつまで待っても鳴らない携帯電話はズボンのポケットに押し込んで、膝と胸の間に顔をうずめたら、ちょっとだけ雨の音が小さくなるかわりにもっともっとひとりぼっちになった。数分前に停まったバスは俺が乗らないとわかるとあっさり走り去ってしまって、なんかもう。いっそこのまま家に帰らないでふらふらそのへんをさまよってみようかとか、実に俺らしくないことを考えるくらいには荒んできている。

「はー……」

 今になってよくよく考えてみれば、どう考えたって悪いのは俺のほう。狩屋は元々あんな性格で、そんなことはもちろん俺が一番よくわかってて、なのにあの時はなぜかあいつの言葉を聞き流せなくて大人げなく怒鳴ったりなんかして。驚いた顔のあとで、泣きそうに歪んだあいつの表情がどうしても頭からはなれない。あんな顔を見たのははじめてだ。きっとほんとに怖かったんだろう、ごめんなさいの形に開いたくちびるを無視して俺はその場から逃げて、それ以来ろくに目も合わせてない。狩屋が何回か話しかけたそうにこっちを見ているのには気づいていた、でもなんとなくそれに応えることができなくて。

 久々のオフだからと、前々から約束をしていた。一日中先輩を独占していたい、って耳を疑うほどかわいいことを気恥ずかしそうに言われて、ああもうこれ俺本気出して楽しませてあげようって計画を練りに練ってたデート当日、のはずだったけど。肝心の狩屋が今隣にいなくて一体俺はだれと遠出したらいいのやら。

 完全にタイミングが悪かったなあと後悔してもどうにもならない。夜中に勇気出してバス停で待ってるからとメールしてみたものの朝になっても返事は来ないしおまけにこんな雨だし、あれもしかして俺嫌われた? とか考えだしたら自己嫌悪の永遠ループ、別れるなんてことになったらどうしよう。せがまれて付き合って、はじめのころはどうせこんな関係すぐ終わるに決まってるなんて思ってたけど。今はもう正直な話、俺の方が依存してるんじゃないかと感じるほどに、狩屋がいないと俺は途端にだめなやつになる。おかしい、どう考えてもおかしい。だれもいないバス停でひとりうなだれて、それでも定期的にやってくるバスに理不尽な恨みをぶつけながら、雨だろうがなんだろうが狩屋がいてくれたらそれだけでいいのにって。

 イヤホンもウォークマンもあるけど、音楽を聴く気にはなれなかった。楽しい曲が流れてきても気分は下がるだろうし、それが悲しい曲だったりしたら効果は言わずとも知れている。変な意地はらないで素直に謝ればよかった。ごめん俺が悪かった、たったそれだけなのに言わなかったから、今こんなことになってる。みじめだとか情けないとか、そういうのじゃなくてただ自業自得、狩屋をお子様扱いするくせに俺もなんてがきくさいんだろう。まあ中二なんか世間から見たらまだ当然子どもに分類されると思うけど。

「狩屋ぁー……」

 顔をうずめたまま、だれもいないのをいいことにひたすら狩屋狩屋と繰り返す。狩屋のちび、狩屋のばか、狩屋のあほ、狩屋のくそ生意気、狩屋の甘党、狩屋の、狩屋なんか、狩屋なんて。

「狩屋、好き……」

 ぼぼぼ、ぼぼぼ、屋根ではない何かに雨が当たる音。期待なんてこれっぽっちもなくただその音が気になって頭を上げたら、水色の傘の柄を握りしめて真っ赤な顔をした狩屋がいた。あーついに幻みるようになったか、俺病院行ったほうがいいかもなと思っていたら、「霧野せんぱい」と幻でもなんでもない本物の狩屋が俺を呼んだ。びっくりした。

「か、かり、えっ狩屋? いつから」
「先輩が狩屋狩屋って俺の名前連呼しはじめたあたりから」
「えっまじで」

 相変わらず赤い顔をしたまんま、狩屋はバス停の屋根の下に入って傘をとじる。その様子を呆然と眺めながら、あ、狩屋だ、狩屋なんだと麻痺した頭がつぶやいた。

「先輩なんで電話でてくんないの」

 横に座った狩屋はすねたような声でそう言った。電話? 聞き返すときっとにらまれたので慌ててポケットをさぐる。久しぶりに画面を開くと新着メールが3件、不在着信4件。表示された名前はぜんぶ同じ、見慣れた狩屋マサキという文字のかたまり。

「ごめん……気がつかなかった」
「……まあべつにいいですけど」

 嘘だ、全然いいですけどって顔してない。届いていた3件のメールを順番に開いていくと、どれも短い文で 今起きた、まだいるの、返事して、と書かれていた。しかも最初のメールの受信時刻がちょうど俺が諦めて携帯電話をポケットにしまいこんだその直後。

「狩屋、まだ怒ってる?」
「……怒ってたのは先輩のほうじゃないんですか」
「ごめん、あれはその……ほんとに俺が悪かった」
「ですよね、あれ先輩が悪いですよね? 俺はちゃんと謝ろうとしたし、っていうかよく考えたらそんな怒るほどのこと言ったわけでもなかったし。ただ機嫌悪いときにやっちゃったかなと思ってそれから何回も話しかけようとしたのに、それをわかってるくせに無視するし避けるし、ちょっと本気でこの先輩どうしてやろうかと思ってました」

 言い返す言葉もない。俺は胸にぐさぐさと突き刺さった自分の行いに少なからずショックを受けながら、でもじゃあどうして狩屋は今ここに来てくれたんだと聞いてみた。するとえっと声を上げて面白いようにすぐ言いよどむからそういうとこがほんとかわいいよなと思って、ああ俺はそんなこと考えてる場合じゃない。

「それは、……だって、今日はもう遊ばないんだろうなって思ってた、から……」
「だから寝てたのか」
「先輩があんな遅い時間にメールするから悪いんですよ!」

 遅いって言っても十時半くらいなんだけどなあ。住んでる施設の決まりにあわせて小学生のときから早く寝てしまう狩屋にしてみたら、十時半は充分遅いんだろう。その点ももちろん俺が悪かった、うん認める。

「待ってる、なんて勝手なこと言って、もし俺が来なかったらどうするつもりだったんですか……先輩傘も持ってないし」
「その時はその時かなって。……でもお前は来てくれたじゃないか」
「……、来ましたけど……」

 語尾がぼそぼそと小さくなるので、どうかしたのかって言って顔をのぞき込んだらまた耳まで赤く染まっていた。なに、なんに照れてんの? うるさいうるさい先輩のばか、ってそれお前、今だから許すけどいつもならほっぺたぎゅーの刑だぞ。

「なになに、どうした」
「さっきの……」
「さっきの?」
「あれ、ほんとなの?」
「へっ?」

 あれってなに、はっきり言わないとわかんないぞと言ったら、むっとしたみたいに口を尖らせられた。それくらい自分で考えてくださいよって、そんな顔されても、代名詞だけで当てろなんて無理難題だ。うーん、うーんと唸っていたらしびれをきらしたらしい狩屋が俺の服をつかんで、「だからっ」うん、なに?

「狩屋、……すき、って」

 言われた瞬間狩屋に負けず劣らず俺の顔も発熱して、ああそういえば聞かれてたと思い出した。うわー、うわぁ、そこはスルーしといて欲しかった、改めて言われるとなんか恥ずかしいとか飛びこえてうおおおおぉ、うおおおぉやめろおおおおぉやめてくれええぇという感じで、まともに狩屋の顔なんか見れやしない。

「せ、先輩、それずるい!」

 体育座りでがっちり顔を隠した俺の身体を揺さぶりながら狩屋が声をはり上げる。これなんて羞恥プレイ? 狩屋お前俺とえろいことするとき別人みたいに純情キャラになるくせに実はこんなのが好きなの? とかまともな思考を失った頭は全く関係ない変なことばっかり考えてる。狩屋、狩屋、ああもう俺いつからこんな風になったの。

「先輩」

 ちょっとだけ頭を上げて狩屋を盗み見たら、期待してるような不安なような曖昧な顔をしていた。普段はそんなに簡単に好きなんて言ってやらないから、ちゃんともう一度聞きたいんだろう。とはいえ面と向かっておなじ言葉を言えるわけがない。俺がはっきり声に出して好きだと言えるものは購買のこだわりなめらかプリンと仕事で忙しい母親がたまの休みに作るからあげくらい。食い物ばっかりじゃないか。

「……嘘だと思う?」

 なんて、まわりくどいたずねかたをしたら、狩屋はちょっと首を捻って考えてから、わかりませんと小さい声で答えた。

「だって先輩は、仕方なく俺と付き合ってくれてるんだと思ってた」

 おい何だそれ? 思わず口から出そうになって、直前で踏みとどまった。ちょっと待て狩屋お前、ずっとそんな風に思ったままだったのか? 手も繋いだしキスもしたし、部屋にも入れてそこで肌に触れたりもした、のに、俺がまだ自分のことを好きじゃないとでも?

「……狩屋」

 ため息まじりに名前を呼ぶと、狩屋はゆっくり顔を上げて俺を見つめる。いつも吊り上がった目じりがとろんと垂れていて、放っておくとすぐにでも泣き出してしまいそう。俺は何を恥ずかしがっていたのか。狩屋はいつだって言葉や行動から好きだ好きだって伝えてくれるのに。

「ごめん、嘘なんかじゃない。俺は狩屋が好きだよ。もう随分前から」

 湿気のせいかちょっと膨らんだ髪の毛を優しく撫でたら、たまらなくなったらしい狩屋が腕の中へ飛び込んでくる。ぎゅっとしがみつくように抱きしめてくるのが可愛くて、その背中へそっと手を回した。

「うれしい、先輩、俺も先輩好き」
「ん、知ってる」
「知ってるの」
「知ってるよ」
「先輩大好き」
「それも知ってる」
「あはは、まじで」

 先輩俺のこといっぱい知ってるね? と笑いながら言うので、 だって狩屋のこと好きだし、と返したらどうやらなかなか照れたらしくばしばしと肩を叩かれた。こらおま、手加減しろっての、それ結構痛いんだけど。

「先輩、これからデートする? もうすぐ三時だしおまけに雨だけど」
「狩屋がしたいならしよう」
「えーじゃあしたくないって言ったら」
「無理矢理する」

 なんだよそれぇ、って狩屋の声を耳元で聞きながら、あーでも今から遠出とかなんだかなあと思った。結局のところ狩屋となるべく長くいっしょにいられたらそれでいいので、行き先なんてどこでもよかった。なんなら家に連れて帰って人目を気にせずめいっぱいかわいがってやってもいい。と言っても狩屋が一番したいことを優先するし、それこそもうほんとに帰りたいっていうならかなり不本意だけど家まで送り届けてやったっていい。……かなり不本意だけど。

「それじゃあ、えっと」

 開いたくちびるに乗る狩屋の意思を汲み取って、俺は微笑んだ。

「うん、そうしようか」




20120212 miyaco

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