約束の時間からもうどれくらいたっただろう。駅前のちょっとした広場はあたりまえのようにカップルであふれていて、さすがの俺でも場違い感にたえられなくなってくる。リア充爆発しろ、なんてことばは一応自分もふくまれるから言えないけど、このくそさむいなか手の感覚がなくなるまでここにいるとすこしはこころも荒むというものだ。よってリア充は爆発してください。はいそこの仲睦まじげなご夫婦も、だいたんに路ちゅーかましてるアッツイおにーさんおねーさんも、制服のまんまの学生カップルもみーんな。

「さっむい」

 そんなのはもう言い飽きた。街はどこもかしこもクリスマス一色で目がちかちかする。もたれかかったコンクリの柱はいつまでたってもつめたくて、ケータイは鳴らないしさむいしカップルばっかだしもう、なんかもう泣きそう。ぜったい泣かないけど。
 頭のどっかでこうなることは予想してた。先輩の勤務先はよく採用されたなってくらい有名な会社だし、一年目の新人がこんな日に定時に帰れるわけもない。ブラックではないにしろ、いままでも残業だとか休日出勤だとかわりとばたばたしていたし、デートのドタキャンもべつにはじめてじゃあなかった。帰る家がおなじだからだいたいなんでも許せてたけど、でもやっぱり、先輩から誘ってきたクリスマスイヴのデートくらいちゃんと行きたかったなあって。

 先輩ががんばっているのは知ってるから、俺も中学や高校のときみたいにかんたんにわがままを言わなくなった。好きな人に好きって思ってもらえることだけでじゅうぶんしあわせで、それでもう満足している。そりゃあたまには甘えたり甘えられたり、映画いったり外食したりなんなりしたいけれど。おかえりを言って、ちっちゃいテーブルでごはんを食べて、いっしょの布団でねむれるならほかにはなにも特別なことがなくたって。

 吹きすさぶ風が耳をなぞってちょっと痛い。コートのポケットにいれたケータイはあいかわらずだんまりで、まだ仕事中なんだなあと思った。近くの店のイルミネーションがきらきら、赤くなったり黄色くなったりくりかえしているのをぼんやり見つめながら、つめたくなった指にふうふう息をかける。改札の上のまるい時計を見上げたら午後八時半すぎ。ああなんか思ったより進んでる。
 こんなに待たされていてもとくに怒りや悲しみはわいてこなくて、仕事たいへんなんだなーってのんびりそんなことを考えてばかりいた。俺は大学受験で一浪したからただいまげんきに就活真っ最中だけど、まだあんまり社会人になるって実感がない。先輩はいそがしくても仕事はたのしいって言ってたけれど、専門学校から就職した友だちはずっとやめたいやめたいって言ってばっかだ。みんな子どものころはサッカー選手になりたいとか宇宙飛行士になりたいとか、そういうおっきな夢をえがいてたはずなのに、二十とちょっとの人生でたのしい時間のおわりを知る。ひとりで生きてくにはあまりにさびしくってつらくって俺たちはすぐ、となりにもうひとりのだれかを求めたがるからめんどうだ。でもそう考えると、十三のころに手をつなぐ相手を見つけた俺はめぐまれてるのかもしれない。

「さむい」

 何度目かのつぶやきはまっしろい色になって、寒空にほどけて消えてった。先輩がこない。どうせもう、見に行くつもりだったツリーの点灯式にも間に合わないし、家に帰ってひとりレトルトのばんごはんをむさぼってもいいけど。恋人がいる身で、クリスマスイヴにそりゃあないわ。
 つまるところ半分意地みたいなもんだった。チキンだかケーキだかシャンパンだか、そんなのより俺がほしいのはたったひとつだけ。サンタクロースにおねがいするような歳でもないから、けっきょく自分で手に入れるしかなくて。おとなってのはむずかしいなあとしみじみ思う。
 視界にちらつく何組ものカップルと目が合うのがいやでうつむいた。借りっぱなしのマフラーはふんわり先輩のにおいがして、いつものくせでねむくなってくる。あー、あー、もう。今日にかぎって先輩が足りない。
 こんなきもちになるのはやなのに、ぜいたくなのに。クリスマスとかいうふざけた行事がいけないんだと理不尽な恨みをぶつけてみても、しあわせに満ちたこの空間にかき消されてはかなく終わる。

「きりのせんぱい」

 はやくきて。
 ぽつんともらした本音はだれにも拾われることなく、冷たい風にさらわれ俺を置いてどこかへいってしまった。



*



 日付が変わったら帰ろう。
 三十分ほど前から降りだした雪をながめながらそう思った。たまに頭上を通り抜ける電車の音だけがきこえる。
 人影はもうほとんどない。午後十一時すぎ、家族のクリスマスパーティーも終わって、子どもたちがわくわくしながら布団にはいるころだろうか。
 もはやさむいとすら感じなくなってきてそろそろやばい。ちょっとはなれたところにあるマックにでもはいってればよかったとか、後悔するだけむだなのであんまり考えないようにする。

 先輩はまだこない。
 すっぽかして女の子と遊んでんじゃねーのってのべ十回くらい思ったけど、あの人にかぎってそれはちょっとありえなくて逆につらい。いっそそうやってあからさまにほったらかしてくれたらすっきりするんだけど。……いや、いまのはうそ、たぶんそんなことされたらそのへんのうざい女よりうざいかんじにぎゃあぎゃあわめきちらしてしまいそう。

「メールの一件もなしって」

 俺からメールしたとして、もし仕事の邪魔しちゃったら。マナーモードにしてるだろうけど、なにがあるかわかんないし、するならそれは最終手段だ。
 恋人たちのクリスマスイヴを盛り上げるのに忙しい雪はひとりぼっちの俺には見向きもしなくてにくたらしい。目をこらせば向こうから先輩が走ってこないかなーってじーっと遠くを見つめてみたら、面白いようにいいタイミングで誰かがこちらに向かってくるのが見えた。雪んなかダッシュしたらあぶないのになー、なんて思いながらそのひとをながめて、あーなんかちょっと雰囲気が先輩に似てんなぁ、スーツ姿のリーマン、頭がピンク、……頭がピンク。

「は」

 いやいや待て待て落ち着け俺。ついにさむくておかしくなっちゃったか。あんなふざけたピンクのリーマンがそうそういてたまるか、先輩以外に、霧野先輩、以外、そんな、いるのか、いや、じゃあなに幻覚? みまちがい? おそるおそるもう一度顔を上げたら、もう顔がわかるくらい近くて、数メートル、なのにまだ走ってて、あっ先輩だ、頭が答えをだしたときにはすでにその腕のなかにいた。

「せんぱい」

 ぎゅうぅってつよくつよく抱きしめられて、感覚のにぶったからだでもくるしい。息をきらした背中に腕をまわして抱きしめ返すとあったかくていいにおいがした。おれのほしかったものが、いまここにある。

「コートどうしたの? さむそう」
「会社にわすれた」
「風邪ひいちゃうよ」
「うん」
「せんぱい」
「……うん」

 肩に頭をのっけるから、冷えた耳にせんぱいのほっぺたが当たって、あつくてやけどしそうだと思った。近くにすっころがってる会社用のかばんをせんぱいの湿ったスーツの向こうに見て、やっと夢じゃないんだと理解する。

「おなかぺこぺこだよ、先輩」
「俺も」
「コンビニでごはんとケーキ買って帰ろ」
「うん」
「チキンまだあるかなあ」
「どうだろ」
「パイシチューも食べたい」
「狩屋」
「なに」
「ごめん、すき」

 あんまり情けない声で言うから思わず笑ってしまった。「そんなの知ってますよぉ」 頼りなげな背をばしばし叩いたらやっと腕をゆるめてくれて、憔悴して弱りきった顔を見てまた笑う。

「あっはっは、先輩すっごいかおだ」
「ばかやろ、おまえにきらわれたらって、俺はもう、あー、あーもう、なんで待ってんだよこんな、俺なんか、あああもうばか、狩屋のばか、だいすきあいしてる!」

 引き寄せられてもう一度抱きしめられて、今度はその胸にすりよるようにくっついた。ふだんならこんなこと外じゃぜったいできないけど、時間が時間だしなによりクリスマスイヴだし。

「せーんぱい」
「はい」
「俺も先輩あいしてますよ」
「……ありがとう……」
「えーちょっと先輩泣かないで」
「まだ泣いてない」
「まだ?」
「まだ」
「先輩すきすきだいすきあいしてる」
「やめて泣くからほんと泣くから」

 目頭をおさえて俺から顔をそむけるあたりどうやらマジなようで、涙腺ゆるくなったねえってからかったらだれのせいだよってかえってきた。俺のせいかな。そうだったらうれしい。

「さーはやくコンビニいきましょ先輩」
「よっしゃ好きなもん買え好きなだけ買え俺が払う」
「わあい霧野サンタふとっぱら!」
「狩屋がちゃんといいこにしてたからなー」

 ふわりふわり降り続いてる雪のなか、手をつないで歩き出したらふしぎとそんなにさむくなかった。先輩の手も俺の手もつめたいはずなのに、ふれあった部分からぽかぽかしてへんなかんじ。夜中かがやくイルミネーションだけがにぎやかで、先輩とふたりでたどる道を照らしてくれる。さっきまであんなにさびしかったのがうそみたいにこころがはずんで、クリスマスもわるくないなあって思った。となりに先輩がいると、俺のせかいはとたんにきらきらしはじめる。

「雪つもるかな」
「どうでしょうねー」
「中学んときみたいにがーっと雪あそびしたい」
「うえぇ……俺は遠慮しときます」
「このこたつむりめ」
「さむいのがいけないんですよさむいのが」
「あっそうだ、みかんも買う?」
「買うー。こたつみかん」
「こたつかりや」
「なんですかそれ」

 他愛ない話をしていたら、住んでるアパートの最寄りのコンビニが見えてきた。いやーにじゅうよじかん営業はすばらしいな、なんて言ってる先輩はほっといて、暖房のしたにいきたくてうずうずする。

「先輩はやくはやくー」
「ちょっばかひっぱるな、全力疾走のダメージが」
「おっさん」
「まだ二十代前半なんだけど」
「おっさん!」

 夜中だってのに大笑いして走り出したら、追いかけてきた先輩にすぐ捕まっちゃって、よくわかんないけどおかしくってまた笑う。首に腕をまわして抱きつくとおいこんな道端でって先輩は言うけど、だーれもいやしないしそもそもさっきは自分が勢いよく抱きついてきたくせに。

「ねーせんぱい」
「うん?」
「お風呂はいったらえっちしよ」
「お、おおう、えらく直球で来たな」
「いまさら恥ずかしがるような仲でもないでしょ」
「……いいけどおまえ、明日のクリスマス寝てすごすことになるぞ」
「えーなに、先輩やるきまんまんなの」
「そりゃあかわいー恋人からのお誘いなんてはりきっちゃうだろ」

 覚悟しろよ? ってちょっとひくめにささやかれてどきどきしたから、のぞむところだとちゅーしてやった。いまならどこのどんなカップルにだって負けない気がする。

「コンビニとうちゃーく」
「とうちゃーく。先輩のみものもほしいー」
「おーすきなの選んでこい」
「はあい」

 もうサンタクロースはこないけれど、いちばんほしかったものはすぐそばにあるからそれだけで。買っておいたヴィヴィアンウエストウッドのネクタイをいつ渡そうか、そんなことを考えながらしあわせなクリスマスを、今年も、来年も、あなたと。




20121225 miyaco
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