ぼやけた視界に写る先輩はちょっとだけ笑っているような気がした。覚醒しきらない頭をがしがし掻いて、反射的に枕元の目覚まし時計を見ようと首を上げる。そこでやっと自分の部屋でないことを思い出して、それから急に恥ずかしくてたまらなくなった。そっかここ先輩の部屋。先輩のベッド。鼻をくすぐるのは甘いような爽やかなような、うまく言えないけどいい香り。だいすきな先輩の匂い。

「おはよ」

 ふわり、やさしい顔でそう言って、先輩が俺の頭を撫でる。それがくすぐったくてでもきもちよくて目を細めていると、狩屋まだねむい? とたずねられた。うーん、ねむいと言えばねむいけど、せっかく起きたのに二度寝するのはもったいないような。

「いまなんじ?」
「んーと、十時くらいかな」

 先輩は充電器に繋いだ携帯電話に手を伸ばして時間を確認して、あ、と気の抜けたような声を出した。なんだなんだとうしろからのぞき込んでみたら、右上にしるされた数字は1、2、1、9。「昼過ぎじゃないですかぁ」俺が言うと先輩は へへっとなんだかかわいらしく笑って、いきなり腕をひろげて抱きついてきた。「うわ」びっくりして受け身をとれずバランスを崩した俺ごとベッドに倒れ込んで、ぎゅうぎゅうとつよく抱きしめながら「よし今日は夜まで寝るか!」なんてふざけて言ってる先輩がおかしいやらいとしいやら、あっはっはとばかみたいに笑ってつよく抱きしめ返す。

「あー狩屋かわいー」
「うえぇ? なにそれ」
「狩屋まじかわいい」
「先輩まじかわいい」
「うっせ」
「先輩かわいい!」

 言ったなこのやろ、と先輩が言って腹や脇をくすぐってきて、もうなんかたのしくて仕方なくてぎゃっはっは、先輩だめやめてやめてしんじゃう、ここかーここがええのんかーって先輩それだれのまね。笑いすぎてわけわかんなくなってヒイヒイ言ってたら先輩も先輩でそんな俺を見て笑ってるし、なんていうか寝起きからふたりともテンションたっかい。夜にはお別れして自分の家帰って寝て起きたらまた学校だとか、そんなことは頭のなかから追い出して、ただ先輩のことがすきって思う、それだけ。タオルケットにくるまってごろごろ、上に乗っかったり乗っかられたり、そんなにおっきくもないベッドの上で暴れまわる。恋人同士というよりじゃれあう動物みたいな、よどみのないこの想い。たまに顔が近くなってどきどきして、先輩のくちびるがぷるぷるでちょっと見とれちゃったりしちゃったり、あーちゅーしたいかもとか思ってたらまたくすぐられて、おい先輩そこは空気よめよ。
 せかいではじめてキスをしたひともこんな気持ちだったと思う、すきですきでたまらなくて、相手のくちに自分のくちをくっつけちゃったんだろう、きっとそうだ。

「先輩ちゅー」
「はいはい、ちゅー」

 惜しみなくあたえられるくちびるのやわらかさを、ちょっとだけひくい体温を、俺以外にだれも知らないといい。そんなわがままは言わないでだまってキスをされながら、ほんのすこしだけ目を開けてみる。ふせられたまつげが長くていろっぽい。ほんとにきれいな顔してるよなあ、なんて言ったら先輩は怒るかな、笑うかな。そっと握られた手のひらをきゅうと握りかえして、先輩すき、だいすき、いつもあんまり声に出さないことを心のなかで繰り返す。ゆっくりくちびるを割って舌が入り込んできて、生のあたたかさに背筋がぞくっとした。ぐにぐに俺の舌を圧したりじゅっと吸ってみたり、上顎を舐められると思わず むぅとくぐもった声がもれた。付き合いだしたころはちゃんとくちにくちを当てることで精一杯で、こんなキスなんてちょっと考えてもみなかったけど。すっかり達者になった先輩は、やさしさはそのままのくせに俺をじわじわ翻弄してく。ほんとうにたちがわるい、こんなの。もうきっとはなれられない。

「ふ、っあ、せんぱ」
「狩屋えっろ……」
「もー……、だれのせいだと思ってんですかぁ」
「えー、霧野先輩?」
「わかってるんじゃないですか」
「ほかにだれがいるんだよ」

 お前を教育したのは俺だもん、ととんでもないことを平然と言ってのけながら、先輩の手は俺のTシャツをめくる。俺のって言っても先輩に借りた、先輩の服なんだけど。

「……えっちするの?」
「んー……」

 んー、じゃなくて。するのしないのどっちなの。胸をまさぐる手をつかんで問いかけたら、ねむたそうな目をした先輩はまた んー、と小さくうなってはぐらかす。ようするにちゅーしてたらちょっとそんな気分になっちゃっただけで、とりあえず今のところ最後までするつもりはないんだろう。そりゃそうだ、昨日の夜あんなにいっぱいしたのに。

「あ、ぅ……っふはぁ、はは」
「ふはあってなんだよ」
「くすぐった、あはは、ふははは先輩ちょっ、わざとでしょ!」
「うんわざと」

 えい、とあほくさく言いながら左右のちくび(……!)を指で押されて、ひゃんって、くすぐったいというか、いやどっちかというとそうではない、しめった感じの声が出て、先輩がまた笑ってる。先輩のばかぁ、狩屋顔まっかだなー、もうやだおなかすいてきた、なあこれきもちいの、あーやきそば食いたい、やばいやっぱりがまんできないかも、ねえこないだのカップやきそばまだある? 、ごめん狩屋もう抱いていい? 、ってほら先輩ぜんぜん会話なりたってないじゃん俺たちだめだめじゃん。こんなんだからちょっとやそっとのことですぐ喧嘩したりきらいだきらいだなんてばればれの嘘言い合ったり、部活中も意地はって対抗して火花ちらすからまたまわりに心配されるんだよ。ばーかばーか問題ないっての、先輩はなんだかんだで俺のことだいすきだし俺も先輩だいすきだし、それをみんなが知らないだけだ。

「っあ」
「狩屋、なあ、ほんとかわいい……」

 ちくび舐めながらしゃべるからぞわぞわして変な声がぽんぽん飛び出る。欲にかられてせっぱつまった顔した先輩は俺と目が合ったとたんへにゃってなんか情けないかんじに笑って、「すき」って、うんもうそれは正直ききあきた、でもべつにまだもっともっと言ってくれてもいいよ。俺が恥ずかしがって言えないぶん先輩がいっぱいいっぱい言ってくれたらいい、そしたらたぶんわけあってお互いちょうどいいぐあいのすきになる。いや、俺のほうがちょっと多いかも? なんて言ったらまた先輩が張り合って、絶対俺のほうが多いとか、そんなくだらない喧嘩ができたらいいなって。

「せんぱい、すき」

 つぶやくみたいにこっそり言った。先輩に聞こえたのかどうかはわからないけど、ちょっとびっくりしたような顔して、それからすぐとびっきりうれしそうな笑顔になって、うん俺も、と言ってやさしく抱きしめられたから、たぶん聞こえてたんだろう。やっぱりちょっと恥ずかしい。もっと恥ずかしいことも今までたくさんしてきたのに、まだちゃんとすきとも言えないなんて。奇跡みたいな確率で出会って、運命かんじて付き合って、いろんなことがあってもまだふたりでいたいと思えたら、それがずっと続くなら、いつかは先輩に心のなかをさらけだして、だいすきって言えたらいいんだけど。やさしさに甘えて言わなくてもわかってもらえるからって、内がわのやわらかいところで積もりに積もった想いはそのうちおさまりきらなくなってしまいそう。先輩はきっと待っててくれるから、俺は早く追いついてできれば追いこして、おいちょっと待てって引っぱって連れ戻して、そうやって並んでとなりを歩いて笑っててほしい。

「マサキ、」

 砂糖菓子みたいに甘いあまい先輩の声。いっしょになってとけてしまおうと背中に手を回してぎゅっと抱きついた。ね、先輩、ふたりであいしてるを言い合えるようになったら、毎日あなたの横で目を覚ます生活をねだってもいいですか?




20120210 miyaco


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